孟子 / 盡心章句上
孟子曰、恥之於人、大矣。為機變之巧者、無所用恥焉。不恥不若人、何若人有。
新字:孟子曰、恥之於人、大矣。為機変之巧者、無所用恥焉。不恥不若人、何若人有。
書き下し
孟子曰く、「恥の人に於けるや、大なり。機變の巧を為す者は、恥を用うる所無し。人に若かざることを羞ぢずんば、何ぞ人に若くことか有らん。」
現代語訳
孟子は言った。 「人にとって、羞恥心はとても大事なものだ。機を見て態度や口先を変えるのが巧みな者は、恥を感じる心がない。他人に及ばないことを恥ずかしいと思わないようでは、どうして人並みであることができようか。」
解説
状況に合わせて要領よく振る舞い、その場を取り繕うのが上手な人は、一見すると賢く見えるかもしれません。しかし、そのような態度は自らの信念や羞恥心を欠いている証拠です。仕事や学びの場において、自分が他者より劣っている部分を誤魔化すのではなく、それを恥ずかしいと素直に受け止めることが大切です。その悔しさや恥じらいをバネにして努力を重ねることで、初めて私たちは人として真っ当な成長を遂げることができます。
この章句が説くこと
羞恥心要領の良さ努力成長
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