宋名臣言行録 / 後集巻六・王安石
暇日聞子姪誦詩考槃之義曰弗諼者弗忘君之惡弗過者弗過君之朝弗告者弗告君以善顧人之於君有惓惓之不忍也故永矢以絶之公嘆曰是何言歟古之人在畎畆不忘君況於賢者一不見用而忿戾若是哉葢弗諼者弗忘君也弗過者弗以君為過也弗告者弗以告他人也其存心如此故雖流落頓挫之餘一話一言未嘗不在君父覩政役繁興民物嗸嗸但顰顣而已
新字:暇日聞子姪誦詩考槃之義曰弗諼者弗忘君之悪弗過者弗過君之朝弗告者弗告君以善顧人之於君有惓惓之不忍也故永矢以絶之公嘆曰是何言歟古之人在畎畆不忘君況於賢者一不見用而忿戻若是哉葢弗諼者弗忘君也弗過者弗以君為過也弗告者弗以告他人也其存心如此故雖流落頓挫之余一話一言未嘗不在君父睹政役繁興民物嗸嗸但顰顣而已
書き下し
暇日、子姪の詩を誦するを聞く。考槃の義に曰く、弗諼とは君の惡を忘れず、弗過とは君の朝を過ぎず、弗告とは君に告ぐるに善を以てせず。顧うに人の君に於けるは惓惓の忍びざる有り。故に永く矢いて以て之を絶つと。公歎じて曰く、是れ何の言ぞや。古の人は畎畝に在るも君を忘れず。況んや賢者に於いて、一たび用いられずして忿戾すること是くの若きかと。蓋し弗諼とは君を忘れざるなり。弗過とは君を以て過ちと爲さざるなり。弗告とは告ぐるに他人を以てせざるなり。其の心を存すること此くの如し。故に流落頓挫の餘と雖も、一話一言未だ嘗て君父に在らざる無し。政役の繁興し民物の嗸嗸たるを覩ては、但だ顰顣するのみ。
現代語訳
暇な日に、子や甥が詩を誦するのを聞いた。『考槃』の意味について、こう言っていた。「弗諼とは君の悪を忘れないこと、弗過とは君の朝廷に立ち寄らないこと、弗告とは君に善をもって申し上げないことである。思うに人の君に対しては、断ちがたい思いがある。だから永く誓ってこれを断ち切ったのだ」。鄭俠は嘆じて言った。「これは何ということを言うのか。古の人は田畑にいても君を忘れなかった。まして賢者ともあろう者が、一度用いられなかったからといって、こうも憤り拗ねるものか」。思うに弗諼とは、君を忘れないということである。弗過とは、君を過ちだとしないということである。弗告とは、他人に告げないということである。その心の持ち方はこのとおりであった。だから落ちぶれて挫けた身であっても、一つの話、一つの言葉に、君父のことがなかったことがない。政と労役が次々に起こり、民や物が騒がしいのを見ては、ただ眉をひそめるだけであった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
葉隠・聞書第一忠臣は孝子の門に尋ねよとあり。随分(ずいぶん)心を尽くして孝行すべき事なり。奉公に精を出す人は自然にはあれども、孝行に精出す人は稀なり。よき者には他人も懇(ねんご)ろに、亡き後にて残り多く、孝行に精出す人は稀なり。無理なる人、無理なる親にてなくば知れまじきなり。
-
『韓非子』初見秦第一然り而して兵甲頓れ、士民病み、蓄積索き、田疇荒れ、囷倉虚しく、四隣の諸侯服せず、霸王の名成らず。此れ異なる故無し、其の謀臣皆な其の忠を尽くさざればなり。
-
葉隠・聞書第一主君さえ大切に仕り候えば、親も悦び、仏神も納受(のうじゅ)あるべしと存じ候。此方(こなた)は主を思うより外のこと知らず、志(こころざし)つのり候えば、不断(ふだん)御身辺(ごしんぺん)に気を附け、片時も離れ申さず候。又、女は第一に夫を主君の如く存ずべき事である。
-
論語・公冶長篇子張問いて曰く、「令尹子文、三たび仕えて令尹と為るも、喜ぶ色無し。三たび之を已めらるるも、慍る色無し。旧令尹の政、必ず以て新令尹に告ぐ。何如。」子曰く、「忠なり。」曰く、「仁なりや。」曰く、「未だ知らず、焉んぞ仁なるを得ん。」「崔子斉君を弑す。陳文子馬十乗有り、棄てて之を違る。他邦に至れば、則ち曰く、『猶お吾が大夫崔子のごときなり』と。之を違る。一邦に之けば、則ち又曰く、『猶お吾が大夫崔子のごときなり』と。之を違る。何如。」子曰く、「清なり。」曰く、「仁なりや。」曰く、「未だ知らず、焉んぞ仁なるを得ん。」
-
論語・学而篇曾子曰く、「吾日に三たび吾が身を省みる。人の為に謀りて忠ならざるか、朋友と交わりて信ならざるか、習わざるを伝えしか。」
-
論語・八佾篇定公問う、「君臣を使い、臣君に事うるは、之を如何。」孔子対えて曰く、「君は臣を使うに礼を以てし、臣は君に事うるに忠を以てす。」