宋名臣言行録 / 後集巻六・王安石
安國言亦見所與家兄書家兄雖安國之言不聴而況公乎俠曰不意丞相一旦為小人所誤以至於此安國曰是何為小人所誤家兄自以為人臣子不當避四海九州之怨使怨歸於已方是臣子盡忠國家俠曰未聞堯舜在上䕫契在下而有四海九州之怨安國以為然
新字:安国言亦見所与家兄書家兄雖安国之言不聴而況公乎俠曰不意丞相一旦為小人所誤以至於此安国曰是何為小人所誤家兄自以為人臣子不当避四海九州之怨使怨帰於已方是臣子尽忠国家俠曰未聞堯舜在上䕫契在下而有四海九州之怨安国以為然
書き下し
安國言う、亦た家兄に與うる所の書を見たり。家兄は安國の言すら聽かず。而るを況んや公をやと。俠曰く、意わざりき、丞相一旦小人の誤らしむる所と爲りて以て此に至らんとはと。安國曰く、是れ何ぞ小人の誤らしむる所ならん。家兄は自ら以爲えらく、人の臣子は當に四海九州の怨を避くべからず。怨をして己に歸せしむるは、方に是れ臣子の忠を國家に盡くすなりと。俠曰く、未だ聞かず、堯舜上に在り夔契下に在りて四海九州の怨有るをと。安國以て然りと爲す。
現代語訳
王安国は言った。「私も、あなたが兄に宛てた手紙を見ました。兄は、この安国の言葉さえ聴きません。まして公のものならなおさらです」。鄭俠は言った。「思いもよりませんでした、丞相がある日、小人に誤らされて、ここまで来られるとは」。王安国は言った。「これがどうして小人に誤らされたのでしょうか。兄は自らこう考えているのです。人の臣たる者は、四海九州の怨みを避けるべきではない。怨みを自分に集めさせることこそ、臣として国家に忠を尽くすことだ、と」。鄭俠は言った。「聞いたことがありません、堯舜が上にあり夔と契が下にあって、四海九州の怨みがあったなどということは」。王安国はもっともだとした。
解説
この長い条の核心が、道端の立ち話に置かれています。鄭俠は、悪い者に誤らされたのだと見ていました。弟が否定します。**これがどうして小人に誤らされたのでしょうか。**そして兄の論理を、そのまま代弁しました。**人の臣たる者は、四海九州の怨みを避けるべきではない。怨みを自分に集めさせることこそ、臣として国家に忠を尽くすことだ。**怨まれることが、忠の証拠になっている。切り返しは一行でした。**堯舜が上にあり夔と契が下にあって、四海九州の怨みがあったなどということは、聞いたことがありません。**
この章句が説くこと
家兄は安国の言すら聴かず而るを況んや公をや人の臣子は当に四海九州の怨を避くべからず怨をして己に帰せしむるは方に是れ臣子の忠を国家に尽くすなり未だ聞かず堯舜上に在り夔契下に在りて四海九州の怨有るを怨み忠
関連する章句
-
葉隠・聞書第一忠臣は孝子の門に尋ねよとあり。随分(ずいぶん)心を尽くして孝行すべき事なり。奉公に精を出す人は自然にはあれども、孝行に精出す人は稀なり。よき者には他人も懇(ねんご)ろに、亡き後にて残り多く、孝行に精出す人は稀なり。無理なる人、無理なる親にてなくば知れまじきなり。
-
『韓非子』初見秦第一然り而して兵甲頓れ、士民病み、蓄積索き、田疇荒れ、囷倉虚しく、四隣の諸侯服せず、霸王の名成らず。此れ異なる故無し、其の謀臣皆な其の忠を尽くさざればなり。
-
葉隠・聞書第一主君さえ大切に仕り候えば、親も悦び、仏神も納受(のうじゅ)あるべしと存じ候。此方(こなた)は主を思うより外のこと知らず、志(こころざし)つのり候えば、不断(ふだん)御身辺(ごしんぺん)に気を附け、片時も離れ申さず候。又、女は第一に夫を主君の如く存ずべき事である。
-
論語・公冶長篇子張問いて曰く、「令尹子文、三たび仕えて令尹と為るも、喜ぶ色無し。三たび之を已めらるるも、慍る色無し。旧令尹の政、必ず以て新令尹に告ぐ。何如。」子曰く、「忠なり。」曰く、「仁なりや。」曰く、「未だ知らず、焉んぞ仁なるを得ん。」「崔子斉君を弑す。陳文子馬十乗有り、棄てて之を違る。他邦に至れば、則ち曰く、『猶お吾が大夫崔子のごときなり』と。之を違る。一邦に之けば、則ち又曰く、『猶お吾が大夫崔子のごときなり』と。之を違る。何如。」子曰く、「清なり。」曰く、「仁なりや。」曰く、「未だ知らず、焉んぞ仁なるを得ん。」
-
論語・学而篇曾子曰く、「吾日に三たび吾が身を省みる。人の為に謀りて忠ならざるか、朋友と交わりて信ならざるか、習わざるを伝えしか。」
-
論語・八佾篇定公問う、「君臣を使い、臣君に事うるは、之を如何。」孔子対えて曰く、「君は臣を使うに礼を以てし、臣は君に事うるに忠を以てす。」