宋名臣言行録 / 後集巻六・王安石
又上疏諌用兵語甚切屬熙河奏捷殺戮甚衆上為惻然手詔諭王韶等今後只務招降未征餘黨毋以多殺為功於是惠卿等益惡之
新字:又上疏諌用兵語甚切属熙河奏捷殺戮甚衆上為惻然手詔諭王韶等今後只務招降未征余党毋以多殺為功於是恵卿等益悪之
書き下し
又た上疏して用兵を諫む。語甚だ切なり。屬ま熙河捷を奏し、殺戮甚だ衆し。上爲に惻然として、手詔して王韶等に諭す、今後は只だ招降に務めよ。未だ征せざる餘黨には多く殺すを以て功と爲す毋かれと。是に於いて惠卿等益ミ之を惡む。
現代語訳
また上疏して用兵を諫めた。言葉はきわめて切実であった。ちょうど熙河から勝報が届き、殺戮がはなはだ多かった。天子はそのために痛ましく思い、直筆の詔で王韶らに諭した。「今後はただ降伏させることに努めよ。まだ討っていない残党について、多く殺すことを功としてはならない」。ここにおいて呂恵卿らはますますこれを憎んだ。
解説
勝報が届いた直後に、殺した数が問題にされた場面です。**ちょうど熙河から勝報が届き、殺戮がはなはだ多かった。**戦果として上がってきた数字が、そのまま痛ましさに変わりました。天子の詔が、評価の基準を書き換えます。**今後はただ降伏させることに努めよ。まだ討っていない残党について、多く殺すことを功としてはならない。**功の数え方を変えれば、現場の動き方が変わる。そしてこの一件で、憎まれ方が決定的になりました。
この章句が説くこと
又た上疏して用兵を諫む語甚だ切なり属ま熙河捷を奏し殺戮甚だ衆し今後は只だ招降に務めよ未だ征せざる余党には多く殺すを以て功と為す毋かれ諫言成果
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