宋名臣言行録 / 後集巻六・王安石
神宗覽疏歎息遂詔韓維孫永體量免行錢曾布體量市易法又詔司農寺發常平倉放商税務及諸門税錢三十錢以下市利錢二十文以下青苗免役權罷追索方田保甲並罷凡此類十八事民間懽呼相慶四月一日遂下詔責躬求言越三日大雨七日早朝賀雨上出圖狀示宰執且責之丞相以下皆謝罪
新字:神宗覧疏嘆息遂詔韓維孫永体量免行銭曽布体量市易法又詔司農寺発常平倉放商税務及諸門税銭三十銭以下市利銭二十文以下青苗免役権罷追索方田保甲並罷凡此類十八事民間懽呼相慶四月一日遂下詔責躬求言越三日大雨七日早朝賀雨上出図状示宰執且責之丞相以下皆謝罪
書き下し
神宗疏を覽て歎息す。遂に韓維・孫永に詔して免行錢を體量せしめ、曾布に市易法を體量せしむ。又た司農寺に詔して常平倉を發かしめ、商税務及び諸門の税錢三十錢以下、市利錢二十文以下を放ち、青苗・免役は權に追索を罷め、方田・保甲は並びに罷む。凡そ此の類十八事。民間歡呼して相い慶す。四月一日、遂に詔を下して躬を責め言を求む。越えて三日、大雨ふる。七日早朝、雨を賀す。上圖狀を出して宰執に示し、且つ之を責む。丞相以下皆謝罪す。
現代語訳
神宗は上疏を見て歎息した。ついに韓維と孫永に詔して免行銭を調べさせ、曾布に市易法を調べさせた。また司農寺に詔して常平倉を開かせ、商税務および諸門の税銭三十銭以下、市利銭二十文以下を免除し、青苗と免役は当面の取り立てを停止し、方田と保甲はいずれも廃止した。あわせてこの類十八件。民間は歓呼して互いに祝い合った。四月一日、ついに詔を下して自らを責め、意見を求めた。三日を越えて、大雨が降った。七日の早朝、雨を祝った。天子は絵と上書を出して宰相たちに示し、そのうえでこれを責めた。丞相以下はみな謝罪した。
解説
門番一人が送った絵が、十八件を止めました。列挙が具体的です。**税銭三十銭以下、市利銭二十文以下を免除し、青苗と免役は当面の取り立てを停止し、方田と保甲はいずれも廃止した。**そして三日後に雨が降ります。賭けは当たりました。**三日を越えて、大雨が降った。**天子がしたことが、この段の締めです。**絵と上書を出して宰相たちに示し、そのうえでこれを責めた。丞相以下はみな謝罪した。**議論ではなく、絵一枚が卓に置かれました。
この章句が説くこと
神宗疏を覧て嘆息す青苗免役は権に追索を罷め方田保甲は並びに罷む凡そ此の類十八事四月一日遂に詔を下して躬を責め言を求む越えて三日大雨ふる上図状を出して宰執に示し且つ之を責む丞相以下皆謝罪す直訴決断
関連する章句
-
『宋名臣言行録』後集巻十・韓維因りて奏對して面ミ論ず。神宗感悟す。㫖有りて市易・免行の利害を根究し、方田を權治し、保甲を編排し、東西川の市易を議するを罷む。公に命じて詔を草して直言を求めしむ。其の畧に曰く、朕の聽納、理に得ざる有るか。獄訟其の情に非ざるか。賦斂其の節を失うか。忠謀讜言上聞に鬱して、阿諛壅蔽して以て其の私を成す者衆きかと。詔出でて人情大いに悦ぶ。是の日大雨あり。
-
『宋名臣言行録』後集巻六・王安石熙寧六年、吏に新法に附かざる者有り。介甫深く之を罪せんと欲す。上不可とす。介甫因りて之を爭いて曰く、然らずんば法行われずと。上曰く、聞くならく民間も亦た頗る新法に苦しむと。介甫曰く、祁寒暑雨にも民猶お怨咨する者有り。豈に顧みるに足らんやと。上曰く、豈に祁寒暑雨の咨をも并せて無からしむるが若きこと有らんやと。介甫悦ばず。退きて疾に屬して家居すること數日。上使いを遣わして之を慰勞す。乃ち出づ。其の黨爲に之に謀りて曰く、今門下の士にして上の素より喜ばざる所の者を取りて暴かに之を進用せずんば、則ち權輕く、將に人の間隙を窺う者有らんとすと。介甫之に從い、即ち奏して章惇・趙子幾等を擢ぶ。上其の出づるを喜び、勉強して之に從う。是に由りて權益ミ重し。
-
『宋名臣言行録』後集巻六・王安石神廟即位するに至り、春秋に富み天資人に絶す。書を讀めば一見して便ち大指を解す。是の時、兩蕃の服せざるを見、及び朝廷州縣の多く紓緩にして漢唐全盛の時に及ばざるを見て、毎に大臣と論議すれば怫然として悦ばざるの色有り。當時の執政從官の中に識有る者以謂えらく、方今の天下は正に大富家の如し。上下和睦し、田園開闢し、屋宇牢壯、財用充足す。但だ屋宇は設飾少なく、器用は精巧少なく、僕妾は樸魯遲鈍にして敢えて過を作さず。但だ鄰舍の來たりて相い凌侮する有らば、歳時に物を以て之に贈るを免れず。其の來ること已に久し。自家の做し得て此くの如きに非ずと。遂に敢えて上意を承當して法度を改革せず。
-
『宋名臣言行録』後集巻五・吕誨神宗は天資節儉なり。老宮人の言を得るに因りて、祖宗の時の妃嬪公主の月俸甚だ微なるを知り、其の及ぶ可からざるを嘆ず。安石獨り曰く、陛下果たして能く財を理めば、天下を以て自ら奉ずと雖も可なりと。帝始めて青苗助役の法を主とするに意有り。安石の術は類ミ此くの如し。故に呂誨の彈章に曰く有り、外に朴野を示し、中に狡詐を懷くと。
-
『宋名臣言行録』後集巻十・韓絳是に至りて上手札もて之を取る。公具さに錄して以て進む。上學士をして詔を草して訪問せしむ。既に進み入るや、上未だ哀痛惻怛の意を見ざるを以て、手ずから詔藁を定め、密封して公に示し、公をして潤色して進めしめ、以て焉に咨訪す。王荊公條例司を領し、深く公の言を以て然りと爲す。遂に衙前の法を推し廣めて以て它の役に及ぼす。
-
『宋名臣言行録』後集巻一・韓琦上始めて公の疏を得て、意已に大いに悟り、亟かに寢罷せんと欲す。王安石疾を引きて告に在り。唯だ參政趙抃等對して、上の罷めんと欲するの意を論ず。抃乃ち曰く、此れ安石に主たり。更に安石の出づるを俟ちて之を議せんことを乞うと。安石既に出でて、之を執ること益ミ堅し。聞く者之を惜しむ。