宋名臣言行録 / 後集巻六・王安石
熙寧六年吏有不附新法介甫欲深罪之上不可介甫因爭之曰不然法不行上曰聞民間亦頗苦新法介甫曰祁寒暑雨民猶有怨咨者豈足顧也上曰豈若并祁寒暑雨之咨亦無耶介甫不悦退而屬疾家居數日上遣使慰勞之乃出其黨為之謀曰今不取門下士上所素不喜者暴進用之則權輕將有人窺間隙者矣介甫從之即奏擢章惇趙子幾等上喜其出勉強從之由是權益重
新字:熙寧六年吏有不附新法介甫欲深罪之上不可介甫因争之曰不然法不行上曰聞民間亦頗苦新法介甫曰祁寒暑雨民猶有怨咨者豈足顧也上曰豈若并祁寒暑雨之咨亦無耶介甫不悦退而属疾家居数日上遣使慰労之乃出其党為之謀曰今不取門下士上所素不喜者暴進用之則権軽将有人窺間隙者矣介甫従之即奏擢章惇趙子幾等上喜其出勉強従之由是権益重
書き下し
熙寧六年、吏に新法に附かざる者有り。介甫深く之を罪せんと欲す。上不可とす。介甫因りて之を爭いて曰く、然らずんば法行われずと。上曰く、聞くならく民間も亦た頗る新法に苦しむと。介甫曰く、祁寒暑雨にも民猶お怨咨する者有り。豈に顧みるに足らんやと。上曰く、豈に祁寒暑雨の咨をも并せて無からしむるが若きこと有らんやと。介甫悦ばず。退きて疾に屬して家居すること數日。上使いを遣わして之を慰勞す。乃ち出づ。其の黨爲に之に謀りて曰く、今門下の士にして上の素より喜ばざる所の者を取りて暴かに之を進用せずんば、則ち權輕く、將に人の間隙を窺う者有らんとすと。介甫之に從い、即ち奏して章惇・趙子幾等を擢ぶ。上其の出づるを喜び、勉強して之に從う。是に由りて權益ミ重し。
現代語訳
熙寧六年、役人に新法に従わない者があった。王安石は厳しくこれを罪に問おうとした。天子は認めなかった。王安石はそこで争って言った。「そうしなければ法は行われません」。天子は言った。「聞くところでは、民間もずいぶん新法に苦しんでいるという」。王安石は言った。「厳しい寒さや長雨にも、民はやはり不平を言う者があります。顧みるに足りましょうか」。天子は言った。「厳しい寒さや長雨への不平まで、あわせて無くしてやろうというのではないか」。王安石は面白がらなかった。退がって病にかこつけて家に籠もること数日。天子は使いを遣わして慰労した。そこで出仕した。その一党が相談して言った。「いま門下の士のうち、天子が日ごろ好んでおられない者を取り立てて、急に登用しなければ、権が軽くなり、隙をうかがう者が出ましょう」。王安石はこれに従い、すぐ奏上して章惇・趙子幾らを抜擢した。天子はその出仕を喜んで、無理をしてこれに従った。これによって権はますます重くなった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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説苑・尊賢斉の将軍田瞶出でて将たらんとす。張生郊に送りて曰く、「昔者堯許由に天下を譲るに、耳を洗いて受けず、将軍之を知るか」と。曰く、「唯然、之を知る」と。「伯夷叔斉諸侯の位を辞して為さず、将軍之を知るか」と。曰く、「唯然、之を知る」と。「於陵の仲子三公の位を辞して傭われて人の為に園に灌ぐ、将軍之を知るか」と。曰く、「唯然、之を知る」と。「智過君の第を去り、姓名を変じ、免れて庶人と為る、将軍之を知るか」と。曰く、「唯然、之を知る」と。「孫叔敖三たび相を去りて悔いず、将軍之を知るか」と。曰く、「唯然、之を知る」と。「此の五大夫は、名は之を辞すれども実は之を羞ずるなり。今将軍方に一国の権を吞み、鼓を提げ旗を擁し、堅を被り鋭を執り、十万の師を旋回し、斧鉞の誅を擅にす、慎みて士の羞ずる所の者を以て士に驕る勿かれ」と。田瞶曰く、「今日諸君皆瞶が為に祖道して酒脯を具うるに、先生独り之に教うるに聖人の大道を以てす、謹んで命を聞けり」と。
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論語・季氏篇孔子曰く、天下に道有れば、則ち礼楽征伐は天子より出づ。天下に道無ければ、則ち礼楽征伐は諸侯より出づ。諸侯より出づれば、蓋し十世にして失わざるは希なり。大夫より出づれば、五世にして失わざるは希なり。陪臣国命を執れば、三世にして失わざるは希なり。天下に道有れば、則ち政は大夫に在らず。天下に道有れば、則ち庶人は議せず。
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論語・陽貨篇陽貨、孔子に見えんと欲す。孔子見えず。孔子に豚を帰す。孔子その亡きを時として往きてこれを拜す。塗にこれに遇う。陽貨曰わく、来れ、予、事有り。曰わく、宝を懐いてその邦に迷う、仁と謂うべけんや。曰わく、不可なり。事を好みて時を亟(しばしば)失う、知と謂うべけんや。曰わく、不可なり。曰わく、日月逝けり、歳我を与えず。孔子曰わく、諾、吾将に仕えんとす。
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『韓非子』八説第四十七明主の國には、貴臣有りて重臣無し。貴臣とは、爵尊くして官大なる者なり。重臣とは、言聴かれて力多き者なり。
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論語・泰伯篇子曰く、『巍々(ぎぎ)たるかな、舜・禹の天下を有つや、而(しか)も与(あずか)らず。』