宋名臣言行録 / 後集巻六・王安石
王安國字平甫常非其兄所為為西京國子監教授溺於聲色介甫在相位以書戒之曰宜放鄭聲安國復書曰亦願兄逺佞人官滿至京師召上殿上問其兄秉政物論如何對曰但恨聚歛太急知人不明耳上黙然不悦嘗諌其兄以天下□□不樂新法恐為家禍介甫不聴安國哭於影堂曰吾家滅門矣又嘗責曾布以誤惑丞相更變法令布曰足下人之子弟朝廷變法何預足下事安國怒曰丞相吾兄也丞相之父即吾父也丞相由汝之故殺身破家僇及先人發掘邱壟豈得不干預我事耶
新字:王安国字平甫常非其兄所為為西京国子監教授溺於声色介甫在相位以書戒之曰宜放鄭声安国復書曰亦願兄遠佞人官満至京師召上殿上問其兄秉政物論如何対曰但恨聚歛太急知人不明耳上黙然不悦嘗諌其兄以天下□□不楽新法恐為家禍介甫不聴安国哭於影堂曰吾家滅門矣又嘗責曽布以誤惑丞相更変法令布曰足下人之子弟朝廷変法何預足下事安国怒曰丞相吾兄也丞相之父即吾父也丞相由汝之故殺身破家僇及先人発掘邱壟豈得不干預我事耶
書き下し
王安國、字は平甫、常に其の兄の爲す所を非とす。西京國子監教授と爲り、聲色に溺る。介甫相位に在り、書を以て之を戒めて曰く、宜しく鄭聲を放つべしと。安國書を復して曰く、亦た願わくは兄よ、佞人を遠ざけよと。官滿ちて京師に至り、召されて殿に上る。上其の兄の政を秉りて物論如何を問う。對えて曰く、但だ恨むらくは聚歛の太だ急なると人を知るの明らかならざるのみと。上黙然として悦ばず。嘗て其の兄を諫めて、天下の□□新法を樂しまず、恐らくは家禍と爲らんと以てす。介甫聽かず。安國影堂に哭して曰く、吾が家は門を滅せりと。又た嘗て曾布を責めて、丞相を誤惑して法令を變更せしむと以てす。布曰く、足下は人の子弟なり。朝廷の法を變ずるは何ぞ足下の事に預らんやと。安國怒りて曰く、丞相は吾が兄なり。丞相の父は即ち吾が父なり。丞相汝の故に由りて身を殺し家を破り、僇は先人に及び、丘壟を發掘せん。豈に我が事に干預するを得ざらんやと。
現代語訳
王安国、字は平甫は、常にその兄のすることを非とした。西京国子監教授となり、音楽と女色に溺れた。王安石は宰相の位にあって、手紙でこれを戒めて言った。「鄭の音楽を追放すべきだ」。王安国は返書して言った。「私もまた願います、兄上、へつらう人を遠ざけてください」。任期が満ちて都に至り、召されて殿に上がった。天子はその兄が政を執っていることについて、世論はどうかと問うた。答えて言った。「ただ残念なのは、取り立てがあまりに急なことと、人を見る目が明らかでないことだけです」。天子は黙って喜ばなかった。かつてその兄を諫めて、天下の〔二字を欠く〕は新法を喜んでいない、おそらく家の禍になる、と言った。王安石は聞かなかった。王安国は先祖の霊を祀る堂で泣いて言った。「わが家は一門を滅ぼした」。またかつて曾布を責めて、丞相を惑わせて法令を変えさせている、と言った。曾布は言った。「あなたは人の弟にすぎない。朝廷が法を変えることが、どうしてあなたの関わる事でしょうか」。王安国は怒って言った。「丞相は私の兄だ。丞相の父はすなわち私の父だ。丞相はお前のせいで身を殺し家を破り、辱めは亡き父に及び、墓を掘り返されることになる。どうして私の関わる事でないと言えるか」。
解説
この章句が説くこと
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『春秋左氏伝』成公十一年 鳥獸すら儷を失はず十一年春、王の三月、公晉より至る。晉人公を以て楚に貳すと為す、故に公を止む。公盟を受けんと請ひて、而る後に歸らしむ。郤犨來聘し、且つ盟に蒞む。聲伯の母聘せられず。穆姜曰く、「吾妾を以て姒と為さず」と。聲伯を生みて之を出だす。齊の管于奚に嫁ぐ。二子を生みて寡たり。以て聲伯に歸す。聲伯其の外弟を以て大夫と為し、而して其の外妹を施孝叔に嫁がしむ。郤犨來聘し、婦を聲伯に求む。聲伯施氏の婦を奪ひて以て之に與ふ。婦人曰く、「鳥獸すら猶ほ儷を失はず。子將に若何せん」と。曰く、「吾死亡する能はず」と。婦人遂に行く。二子を郤氏に生む。郤氏亡ぶ。晉人之を施氏に歸す。施氏諸を河に逆へ、其の二子を沈む。婦人怒りて曰く、「己其の伉儷を庇ふ能はずして之を亡ひ、又人の孤を字する能はずして之を殺す。將に何を以て終へんとす」と。遂に施氏に誓ふ。夏、季文子晉に如きて聘に報い、且つ盟に蒞むなり。周公楚惠・襄の偪を惡む。且つ伯與と政を爭ひて勝たず。怒りて出づ。陽樊に及ぶ。王劉子をして之を復せしむ。鄄に盟ひて入る。三日にして、復た出でて晉に奔る。
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『幽夢影』巻下・以て難しと爲すべきも法と爲すべからず九世同居は誠に盛事爲り、然れども止だ當に割股・廬墓の者と一例と作して看るべし。以て難しと爲すべきも、以て法と爲すべからざるなり。
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『家道訓』巻之三・総論下一子孫弟姪のともがら、生れつきて愚不肖なれば、いかに教へいましめても、其の不徳改らず、いさめをふせぎてうけ用ひず。いさむればかへつて心にさからひ、うらみそむき、不和にいたる。時々いさめて聴かずんば、いはずして和を失はざるにしかず。かくあしく生れつきたるは、聖賢といへどもいかんともすべからず。堯舜の子の不肖なるを以て知るべし。聖人、頑なるを怒り憎むことなかれと宣ふ。赤子の井におち入るが如し。あはれむべし、憎むべからず。
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