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宋名臣言行録 / 後集巻六・王安石

公治天下専講求法度如彼修身之潔宜足以化民矣然卒不逮王文正吕晦叔司馬君實諸人者以其所為無誠意故也明道嘗曰有關雎麟趾之意然後可以行周官之法度葢深達乎此

新字:公治天下専講求法度如彼修身之潔宜足以化民矣然卒不逮王文正呂晦叔司馬君実諸人者以其所為無誠意故也明道嘗曰有関雎麟趾之意然後可以行周官之法度葢深達乎此

書き下し

公天下を治むるに專ら法度を講求す。彼の修身の潔きが如きは、宜しく以て民を化するに足るべし。然れども卒に王文正・呂晦叔・司馬君實の諸人に逮ばざる者は、其の爲す所に誠意無きを以ての故なり。明道嘗て曰く、關雎麟趾の意有りて然る後に周官の法度を行う可しと。蓋し深く此に達す。

現代語訳

王安石は天下を治めるのに、もっぱら法度を研究し求めた。あの身の修め方の潔さであれば、民を教化するに十分であるはずだ。それでいて結局、王旦・呂公著・司馬光といった人々に及ばなかったのは、その行うところにまことの心がなかったからである。程顥はかつて言った。「『関雎』や『麟趾』の心があって、そのうえで『周官』の法度が行える」。思うに、深くここに達していた。

解説

同じ制度でも、誰がどんな心で行うかで結果が変わる、という主張です。しかも人柄は認めています。**あの身の修め方の潔さであれば、民を教化するに十分であるはずだ。**それでも及ばなかった理由が、たった一語に置かれました。**その行うところにまことの心がなかったからである。**そして程顥の一句が締めます。**『関雎』や『麟趾』の心があって、そのうえで『周官』の法度が行える。**制度の書だけを取り出しても、その手前の詩の心がなければ動かない、と。

この章句が説くこと

公天下を治むるに専ら法度を講求す彼の修身の潔きが如きは宜しく以て民を化するに足るべし然れども卒に王文正呂晦叔司馬君実の諸人に逮ばざる者は其の為す所に誠意無きを以ての故なり関雎麟趾の意有りて然る後に周官の法度を行う可し制度

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