宋名臣言行録 / 後集巻六・王安石
青苗二分之息可謂輕矣而不見利於百姓何也今民間舉債其息少者亦須五七分多者或倍而亦不覺其害曰惟其利輕且官中易得人徒知目前之利而不顧後患是以樂請若民間舉債則利重又百端要勒得之極難故人得已且已
新字:青苗二分之息可謂軽矣而不見利於百姓何也今民間舉債其息少者亦須五七分多者或倍而亦不覚其害曰惟其利軽且官中易得人徒知目前之利而不顧後患是以楽請若民間舉債則利重又百端要勒得之極難故人得已且已
書き下し
青苗二分の息は輕しと謂う可し。而して百姓に利を見ざるは何ぞや。今民間の債を舉ぐるは、其の息の少なき者も亦た五七分を須い、多き者は或いは倍す。而して亦た其の害を覺らず。曰く、惟だ其の利輕くして且つ官中は得易し。人は徒だ目前の利を知りて後患を顧みず。是を以て請うを樂しむ。若し民間に債を舉ぐれば則ち利重く、又た百端要勒して之を得ること極めて難し。故に人は已む可きを得ば且く已む。
現代語訳
青苗の二分の利息は、軽いと言ってよい。それなのに百姓に利益が見えないのはなぜか。いま民間で借金をすれば、その利息は少ない者でも五分七分は要り、多い者は倍にもなる。それでいて、その害には気づかない。こう言う。「ただ、その利が軽くて、しかも官のほうは借りやすい。人はただ目の前の利益だけを知って、後の憂いを顧みない。だから進んで申し込む。もし民間で借金をすれば、利は重く、そのうえあらゆる手で締めつけられ、借りること自体がきわめて難しい。だから人は、やめられるならやめておくのである」。
解説
安くて借りやすいことが害になる、という逆転した見方です。民間の高利と面倒くささが、実は歯止めでした。**利は重く、そのうえあらゆる手で締めつけられ、借りること自体がきわめて難しい。だから人は、やめられるならやめておくのである。**借りにくいから、本当に必要なときしか借りない。官が安く簡単に貸すと、その歯止めが外れます。**人はただ目の前の利益だけを知って、後の憂いを顧みない。だから進んで申し込む。**
この章句が説くこと
青苗二分の息は軽しと謂う可し而して百姓に利を見ざるは何ぞや惟だ其の利軽くして且つ官中は得易し人は徒だ目前の利を知りて後患を顧みず是を以て請うを楽しむ若し民間に債を舉ぐれば則ち利重く又た百端要勒す故に人は已む可きを得ば且く已む利率歯止め
関連する章句
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『宋名臣言行録』後集巻六・王安石又た青苗は名に二分の息を取ると雖も、其の實も亦た民間と異なる無し。蓋し小民は既に已むを得ざるに非ずして請う者有り、又た已むを得ざるに非ずして之を用うる者有り。且つ錢千を請うが如きは、或いは州縣の間に親舊に遇わば、須らく酒食の費有るべし。然らずんば亦た須らく小小の不急の物を置くべし。只だ二百錢を使わしむれば已に民間の四分の息に比す可し。又た請納の時の往來の用と官中の門戸の賂遺と、至って少なきも亦た百錢を下らず。況んや又た胥吏追呼の煩わしき有り。貨に非ざれば行われず。而して公家の期限は又た私間と同じからず。而して民の法を畏るる者は債を舉げて以て官に輸するに至る。往往にして此に沿いて遂に産業を破蕩する者は固より多し。此れ害有りて利無き所以なり。
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『宋名臣言行録』後集巻九・蘇轍一日介甫一巻の書を出だして曰く、此れ青苗法なり。諸君熟く之を議せよ。不便有らば以て告げよ。疑うこと勿かれと。他日轍之に告げて曰く、錢を以て民に貸し息二分を出さしむるは、本と以て民の困を救うにして利を爲すに非ざるなり。然れども出納の際、吏縁りて姦を爲す。法有りと雖も禁ずる能わず。錢民の手に入れば良民と雖も非理の費用を免れず。其の錢を納むるに及びては富民と雖も限に違うを免れず。此くの如くんば則ち鞭箠必ず用いらる。州縣の事は煩に勝えざらんと。
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『宋名臣言行録』後集巻六・王安石公の法を論ずるに因りて云う、青苗・免役も亦た是れ法なり。然れども民に藏むるの道に非ず。青苗の息を取るが如きは多からずと雖も、然れども歳ミ萬緡を散ずれば則ち民の二千緡を奪いて官に入る。既に官に入れば則ち民間は復た得可からず。免役法は民間の錢を取りて人を雇いて官に役せしむ。其の此の錢を得て用うる者は皆州縣市井の人にして鄉民に及ばず。鄉民は惟だ輸するを知りて用うるを得ず。故に鄉民をして多く財に乏しからしむるなり。
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『宋名臣言行録』後集巻一・韓琦今青苗錢を放つに、凡そ春に十千を貸し、半年の内に便ち利二千を納れしむ。秋に再び十千を放ち、年終わりに至りて又た利二千を納れしむ。則ち是れ萬錢を貸る者、遠近の地を問わず、歳に息四千を出さしむるなり。周禮は至遠の地も止だ息二千を出すのみ。今青苗の利を取ること、尚お周禮に過ぐること一倍なり。則ち制置司の言う所、周禮の民に貸して息を取り、分數を立て定むるに比すれば已に多しと爲さず、とは、亦た是れ上聽を欺罔し、且つ天下の人皆辨ずる能わずと謂うなり。
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『宋名臣言行録』後集巻六・王安石或いは云う、官中の息輕く、民之を得て以て自ら經營を爲す可し。歳に豈に二分の息無からんやと。蓋し未だ之を思わざるなり。若し之を商販に用うれば則ち錢は散じて集め難し。正に公家の期迫らば、卒に收めて聚まらず、指準する所を失う。其の患豈に細ならんや。往年、富家は此の患を知るなり。官中之を配して請わしむ。已むを得ずして之を藏む。期に及ぶに比びて私錢を出して息と爲し、之を官に輸して乃ち患い無し。夫れ民をして此くの如くならしむるは、是れ事無くして之を侵擾するなり。何ぞ補助の政と名づけんや。
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『宋名臣言行録』後集巻六・王安石然れども公は一邑に行いて則ち可なるを知りて、天下に行いて不可なるを知らざるなり。又た遣わす所の新法の使者は皆刻薄の小人にして功利に急なり。遂に河を決して田と爲し、人の墳墓・室廬・膏腴の地を壞すこと勝げて紀す可からざるに至る。青苗は二分の利を取ると雖も、民の請納の費は十の七八に至る。又た公吏は民を冒し、新舊相い因りて、其の弊益ミ繁し。保甲・保馬は尤も害有り。天下騷然として休息するを得ず。蓋し祖宗の法一變せり。