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宋名臣言行録 / 後集巻六・王安石

介甫不知事君道理觀他意思只是要樂子之無知如上表言秋水既至因知海若之無窮大明方升豈宜爝火之不息皆是意思常要已在人主上自古主聖臣賢乃常理何至如此又觀其説魯用天子禮樂云周公有人臣所不能為之功故得用人臣所不得用之禮樂此乃大段不知事君

新字:介甫不知事君道理観他意思只是要楽子之無知如上表言秋水既至因知海若之無窮大明方升豈宜爝火之不息皆是意思常要已在人主上自古主聖臣賢乃常理何至如此又観其説魯用天子礼楽云周公有人臣所不能為之功故得用人臣所不得用之礼楽此乃大段不知事君

書き下し

介甫は君に事うる道理を知らず。他の意思を觀るに、只だ是れ子の無知を樂しまんと要むるなり。上表に言うが如き、秋水既に至りて因りて海若の無窮を知る、大明方に升る、豈に爝火の息まざるに宜しからんやと。皆是れ意思の常に己を人主の上に在らしめんと要むるなり。古より主聖にして臣賢なるは乃ち常理なり。何ぞ此くの如きに至らん。又た其の魯の天子の禮樂を用うるを説くを觀るに云う、周公に人臣の爲す能わざるの功有り、故に人臣の用うるを得ざるの禮樂を用うるを得たりと。此れ乃ち大段に君に事うるを知らざるなり。

現代語訳

王安石は君に仕える道理を知らない。その考えの向きを見ると、ただ「あなたが何も知らないままでいてくれるのが楽しい」という類である。上表に言うところなど、たとえば「秋の水が満ちて、はじめて海神の広大さを知りました。大いなる明かりがまさに昇ろうとするのに、どうして松明が消えずにいてよいでしょうか」といったものだ。どれも、いつも自分を天子の上に置こうとする心の向きである。古来、君主が聖にして臣下が賢であるのは常の道理である。どうしてこうなるのか。またその、魯が天子の礼楽を用いたことを説明するのを見ると、こう言っている。「周公には臣下にはなし得ない功があった。だから臣下には用いることのできない礼楽を用いることができた」。これこそ、まったく君に仕えるということを知らないのである。

解説

上表の謙遜の言葉を、程頤は逆に読みました。**大いなる明かりがまさに昇ろうとするのに、どうして松明が消えずにいてよいでしょうか。**自分は松明、天子は日輪。へりくだった比喩に見えます。読み方はこうでした。**どれも、いつも自分を天子の上に置こうとする心の向きである。**比べる形にした時点で、同じ土俵に立っている。もう一つの引用は、もっと直接です。**臣下にはなし得ない功があった。だから臣下には用いることのできない礼楽を用いることができた。**

この章句が説くこと

介甫は君に事うる道理を知らず大明方に升る豈に爝火の息まざるに宜しからんや皆是れ意思の常に己を人主の上に在らしめんと要むるなり周公に人臣の為す能わざるの功有り故に人臣の用うるを得ざるの礼楽を用うるを得たり比喩自負

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