宋名臣言行録 / 後集巻六・王安石
雖天下之人羣起而攻之而金陵不可動者葢此八箇字吾友宜記之僕曰何等八字曰虛名實行強辨堅志當時天下之論以金陵不乍執政為屈此虛名也平生行止無一㸃涴論者雖欲誣之人主信乎此實行也論議人主之前貫穿經史今古不可窮詰故曰強辨前世大臣欲任意行一事或可以生死禍福恐之得回此老實不可以此動故曰堅志此法所以必行也
新字:雖天下之人羣起而攻之而金陵不可動者葢此八箇字吾友宜記之僕曰何等八字曰虚名実行強弁堅志当時天下之論以金陵不乍執政為屈此虚名也平生行止無一㸃涴論者雖欲誣之人主信乎此実行也論議人主之前貫穿経史今古不可窮詰故曰強弁前世大臣欲任意行一事或可以生死禍福恐之得回此老実不可以此動故曰堅志此法所以必行也
書き下し
天下の人羣起して之を攻むと雖も、而して金陵の動かす可からざるは、蓋し此の八箇の字なり。吾が友宜しく之を記すべしと。僕曰く、何等の八字ぞと。曰く、虚名・實行・強辨・堅志なり。當時の天下の論は、金陵の乍かに執政たらざるを以て屈と爲す。此れ虚名なり。平生の行止に一點の涴無し。論者之を誣いんと欲すと雖も、人主信ぜんや。此れ實行なり。人主の前に論議して經史今古を貫穿し、窮詰す可からず。故に強辨と曰う。前世の大臣、意に任せて一事を行わんと欲すれば、或いは生死禍福を以て之を恐れしめて回すを得たり。此の老は實に此を以て動かす可からず。故に堅志と曰う。此の法の行われざるを得ざる所以なりと。
現代語訳
天下の人が群がり起こってこれを攻めても、王安石が動かせなかったのは、思うにこの八つの字である。「わが友よ、これを覚えておくがよい」。私は言った。「どういう八字ですか」。「虚名・実行・強辨・堅志である。当時の天下の議論は、王安石がすぐに執政にならないことを、世に屈しないこととした。これが虚名である。生涯の身の処し方に一点の汚れもない。論ずる者がこれを誣告しようとしても、天子が信じるだろうか。これが実行である。天子の前で論じて、経書も史書も古今を貫き通し、突き詰めて問い詰められない。だから強辨という。前の世の大臣は、思うままに一つの事を行おうとしても、生死や禍福をもって恐れさせれば、引き戻すことができた。この老人だけは、まことにそれで動かせない。だから堅志という。この法が行われずにはいられなかった理由である」。
解説
この章句が説くこと
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孫子・地形篇夫れ勢均しきに、一を以て十を撃つを、走と曰う。卒強く吏弱きを、弛と曰う。吏強く卒弱きを、陥と曰う。大吏怒りて服せず、敵に遇いて懟みて自ら戦い、将其の能を知らざるを、崩と曰う。将弱くして厳ならず、教道明らかならず、吏卒常無く、兵を陳ぬること縦横なるを、乱と曰う。将敵を料る能わず、少を以て衆に合い、弱を以て強を撃ち、兵に選鋒無きを、北と曰う。凡そ此の六者は、敗の道なり。将の至任、察せざるべからず。
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『塩鉄論』褒賢篇文學曰く、蘇秦は從を以て趙に顯れ、張儀は橫を以て秦に任ぜらる、此の時に方たりて、尊貴ならざるに非ざるなり、然れども智士は隨いて之を憂う、夫の道を以て進まざる者は必ず道を以て退かず、義を以て得ざる者は必ず義を以て亡びざるを知ればなり。季・孟の權、三桓の富は、及ぶべからざるなり、孔子之が為に『微』と曰う。人臣為りて、權は君に均しく、富は國に侔しき者は、亡ぶ。故に其の位いよいよ高くして罪いよいよ重く、祿ますます厚くして罪ますます多し。夫れ行う者は先ず己を全くして後に名を求め、仕うる者は先ず害を辟けて後に祿を求む。故に香餌は美ならざるに非ざるなり、龜龍は聞きて深く藏れ、鸞鳳は見て高く逝る者は、其の身を害するを知ればなり。夫れ烏鵲魚鱉と為りて、香餌を食らいて後に狂飛奔走し、頭を遜げ遰を屈するも、死に益無し。今有司は盜みて國法を秉り、進みて罪を顧みず、卒然として急有り、然る後に車馳せ入り趨るも、死に益無し。盜む所は臧獲に償うに足らず、妻子は奔亡して處る所無く、身は深牢に在り、恤み視るを知る莫し。此の時に方たりて、何ぞ暇ありて以て笑うを得んや。