宋名臣言行録 / 後集巻六・王安石
公嘗云自議新法始終言可行者曽布也始終言不可行者司馬光也餘皆前叛後附或出或入
新字:公嘗云自議新法始終言可行者曽布也始終言不可行者司馬光也余皆前叛後附或出或入
書き下し
公嘗て云う、新法を議してより、始終行う可しと言う者は曾布なり。始終行う可からずと言う者は司馬光なり。餘は皆前に叛き後に附き、或いは出で或いは入ると。
現代語訳
王安石はかつて言った。「新法を議して以来、はじめから終わりまで行うべきだと言ったのは曾布である。はじめから終わりまで行うべきでないと言ったのは司馬光である。あとはみな、はじめは背いて後に付き、あるいは出て、あるいは入った」。
解説
推進した当人が、長い争いを三十七字で総括しています。名前が二つだけ出てきます。**はじめから終わりまで行うべきだと言ったのは曾布である。はじめから終わりまで行うべきでないと言ったのは司馬光である。**賛成の側に一人、反対の側に一人。残りは全員です。**あとはみな、はじめは背いて後に付き、あるいは出て、あるいは入った。**最も敵対した相手を、一貫していた二人のうちの一人として数えているところが、この一条の値打ちです。
この章句が説くこと
新法を議してより始終行う可しと言う者は曽布なり始終行う可からずと言う者は司馬光なり余は皆前に叛き後に附く或いは出で或いは入る一貫変節
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