宋名臣言行録 / 後集巻六・王安石
公在金陵聞朝廷變其法夷然不以為意及聞罷役法愕然失聲曰亦罷至此乎良久曰此法終不可罷安石與先帝議之兩年乃行無不曲盡後果如其言
新字:公在金陵聞朝廷変其法夷然不以為意及聞罷役法愕然失声曰亦罷至此乎良久曰此法終不可罷安石与先帝議之両年乃行無不曲尽後果如其言
書き下し
公金陵に在り、朝廷の其の法を變ずるを聞くも、夷然として以て意と爲さず。役法を罷むるを聞くに及び、愕然として聲を失いて曰く、亦た罷めて此に至るかと。良や久しくして曰く、此の法は終に罷む可からず。安石は先帝と之を議すること兩年にして乃ち行う。曲盡くさざる無しと。後果たして其の言の如し。
現代語訳
王安石は金陵にあって、朝廷が自分の法を変えていくのを聞いても、平然として気にとめなかった。役法を廃止すると聞くに及んで、驚いて声を失い、言った。「そこまで廃止するのか」。しばらくして言った。「この法だけは、結局廃止できない。安石は先帝とこれを議すること二年にしてようやく施行した。細部まで尽くさなかったところがない」。後にはたして、その言葉のとおりになった。
解説
次々に廃止されても動じなかった人が、一つだけで態度を変えました。**平然として気にとめなかった。****驚いて声を失い、言った。そこまで廃止するのか。**そして根拠が、議論に費やした年数です。**先帝とこれを議すること二年にしてようやく施行した。細部まで尽くさなかったところがない。**他の法は、そこまで詰めていなかったということでもあります。自分の仕事のうち、どれが本物かを本人が知っていました。
この章句が説くこと
朝廷の其の法を変ずるを聞くも夷然として以て意と為さず役法を罷むるを聞くに及び愕然として声を失う此の法は終に罷む可からず安石は先帝と之を議すること両年にして乃ち行う曲尽くさざる無し執着選別
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