宋名臣言行録 / 後集巻六・王安石
知制誥一日賞花釣魚宴内侍各以金楪盛釣餌藥置几上安石食之盡明日仁宗謂宰輔曰王安石詐人也使誤食釣餌一粒則止矣食之盡不情也常不樂之後安石自著日錄厭薄祖宗仁宗尤甚每謂漢文帝不足取其心薄仁宗也故一時大臣富弼韓琦文彦博皆為其毁詆云
新字:知制誥一日賞花釣魚宴内侍各以金楪盛釣餌薬置几上安石食之尽明日仁宗謂宰輔曰王安石詐人也使誤食釣餌一粒則止矣食之尽不情也常不楽之後安石自著日録厭薄祖宗仁宗尤甚毎謂漢文帝不足取其心薄仁宗也故一時大臣富弼韓琦文彦博皆為其毁詆云
書き下し
知制誥たり。一日、賞花釣魚の宴あり。内侍各ミ金楪を以て釣餌の藥を盛りて几上に置く。安石之を食らい盡くす。明日、仁宗宰輔に謂いて曰く、王安石は詐人なり。誤りて釣餌一粒を食らわしめば則ち止まらん。之を食らい盡くすは情ならざるなりと。常に之を樂しまず。後に安石自ら日錄を著し、祖宗を厭薄す。仁宗尤も甚だし。毎に漢の文帝は取るに足らずと謂う。其の心は仁宗を薄んずるなり。故に一時の大臣富弼・韓琦・文彦博は、皆其の毀詆する所と爲ると云う。
現代語訳
知制誥であった。ある日、花を愛で魚を釣る宴があった。内侍がそれぞれ金の小皿に釣り餌の練り物を盛って机の上に置いた。王安石はこれを食べ尽くした。翌日、仁宗は宰相たちに言った。「王安石は偽りの人である。うっかり釣り餌を一粒食べたのならそこで止まるはずだ。それを食べ尽くすのは、人の自然ではない」。以後、いつも王安石を快く思わなかった。後に王安石は自ら『日録』を著し、祖宗を軽んじた。仁宗についてはとりわけ甚だしかった。いつも「漢の文帝は取るに足らない」と言った。その心は仁宗を軽んじていたのである。だから当時の大臣である富弼・韓琦・文彦博は、みなその罵りを受けたという。
解説
有名な逸話です。判定の理屈が、この条の読みどころでした。**うっかり釣り餌を一粒食べたのならそこで止まるはずだ。それを食べ尽くすのは、人の自然ではない。**一粒なら過失、全部なら演技だ、という読み方です。ただし、これは推測にすぎません。書き手もそれは承知で、後半に別の根拠を並べています。**後に王安石は自ら『日録』を著し、祖宗を軽んじた。**印象の話を、後年の記述で裏づける形になっています。
この章句が説くこと
内侍各ミ金楪を以て釣餌の薬を盛りて几上に置く安石之を食らい尽くす王安石は詐人なり誤りて釣餌一粒を食らわしめば則ち止まらん之を食らい尽くすは情ならざるなり印象不自然
関連する章句
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