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宋名臣言行録 / 後集巻六・王安石

嘉祐末公紏察在京刑獄有少年得鬬鶉同儕恃與之狎昵遂持去鶉主追及之踢其脅立死開封府捕按其人罪當償死及紏察錄問介甫駁之曰按律公取竊取皆為盗此不與而彼強攜以去乃盗也此追而歐之乃捕盗也雖死當勿論府司失入平人為死罪府官不伏事下審刑大理詳定以府斷為是有㫖王安石放罪舊制放罪者詣殿門謝介甫自言我無罪不謝御史臺及閣門累移牒促之終不肯謝

新字:嘉祐末公紏察在京刑獄有少年得鬬鶉同儕恃与之狎昵遂持去鶉主追及之踢其脅立死開封府捕按其人罪当償死及紏察録問介甫駁之曰按律公取竊取皆為盗此不与而彼強攜以去乃盗也此追而欧之乃捕盗也雖死当勿論府司失入平人為死罪府官不伏事下審刑大理詳定以府断為是有旨王安石放罪旧制放罪者詣殿門謝介甫自言我無罪不謝御史台及閣門累移牒促之終不肯謝

書き下し

嘉祐の末、公在京の刑獄を糾察す。少年有りて鬬鶉を得たり。同儕狎昵を恃みて遂に持ち去る。鶉の主追い及びて其の脅を踢り、立ちどころに死す。開封府捕えて其の人を按ずるに、罪は死を償うに當たる。糾察の錄問に及び、介甫之を駁して曰く、律を按ずるに、公取・竊取は皆盗と爲す。此れ與えずして彼が強いて攜えて去るは乃ち盗なり。此れ追いて之を歐つは乃ち盗を捕うるなり。死すと雖も當に論ずる勿かるべしと。府司失いて平人を入れて死罪と爲す。府官伏せず。事審刑・大理に下されて詳定す。府の斷を以て是と爲す。旨有りて王安石罪を放す。舊制、罪を放さるる者は殿門に詣りて謝す。介甫自ら言う、我に罪無しと。謝せず。御史臺及び閣門累ミ牒を移して之を促すも、終に肯えて謝せず。

現代語訳

嘉祐の末、王安石は都の刑獄を監察した。ある少年が闘鶉を手に入れた。仲間が親しさを頼んで、そのまま持ち去った。鶉の持ち主は追いついてその脇腹を蹴り、相手はその場で死んだ。開封府が捕らえてその者を調べると、罪は死をもって償うに当たった。監察の再審査になると、王安石はこれに反対して言った。「律に照らせば、公然と取るのも、こっそり取るのも、どちらも盗である。これは与えていないのに相手が強いて持ち去ったのだから、盗である。これを追って殴ったのは、盗人を捕らえたのである。死んだとしても、罪に問うべきではない」。開封府は誤って無辜の人を死罪に落としたことになる。府の官は承服しなかった。事は審刑院と大理寺に下されて審議された。府の判断を正しいとした。詔があって「王安石の罪を許す」。旧来の制度では、罪を許された者は殿門に赴いて礼を述べる。王安石は自ら言った。「私に罪はない」。礼を述べなかった。御史台と閣門はたびたび文書を回して促したが、ついに礼を述べようとしなかった。

解説

法解釈をめぐる争いです。王安石の読み方は筋が通っています。**与えていないのに相手が強いて持ち去ったのだから、盗である。これを追って殴ったのは、盗人を捕らえたのである。**ただ、審議の結果は府の判断が正しいとされました。そして決着のつけ方が独特です。**詔があって「王安石の罪を許す」。**負けを認めさせるかわりに、許す形にした。当人はそれを受け取りません。**私に罪はない。**促されても、最後まで礼に行きませんでした。

この章句が説くこと

律を按ずるに公取竊取は皆盗と為す此れ追いて之を欧つは乃ち盗を捕うるなり死すと雖も当に論ずる勿かるべし旨有りて王安石罪を放す介甫自ら言う我に罪無しと謝せず法解釈決着

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