宋名臣言行録 / 後集巻六・曾公亮
仁宗一日召執政侍從䇿訪政事時公侍楚國太夫人病謁告家居亟以手詔就問公條六事以獻其畧謂完堡柵蓄兵馬使主兵者乆於其任則夷狄不敢窺邉取之得其要任之盡其材則將帥不患無人損冗兵汰冗官則財用省徭役不専在農則耕者勸又陳古者取六郡良家子為宿衛及府兵番上十六衛之制以明今宿衛之失言狂者似直愛憎似忠以明聴言知人之難葢皆取當時之所先急而便于施行者以為説
新字:仁宗一日召執政侍従策訪政事時公侍楚国太夫人病謁告家居亟以手詔就問公条六事以献其畧謂完堡柵蓄兵馬使主兵者乆於其任則夷狄不敢窺邉取之得其要任之尽其材則将帥不患無人損冗兵汰冗官則財用省徭役不専在農則耕者勧又陳古者取六郡良家子為宿衛及府兵番上十六衛之制以明今宿衛之失言狂者似直愛憎似忠以明聴言知人之難葢皆取当時之所先急而便于施行者以為説
書き下し
仁宗一日、執政侍從を召して政事を策訪す。時に公楚國太夫人の病に侍し、告を謁して家居す。亟かに手詔を以て就きて問う。公六事を條して以て獻ず。其の略に謂う、堡柵を完うし兵馬を蓄え、兵を主どる者をして其の任に久しからしめば、則ち夷狄敢えて邊を窺わず。之を取るに其の要を得、之に任ずるに其の材を盡くさば、則ち將帥は人無きを患えず。冗兵を損じ冗官を汰さば則ち財用省かる。徭役を專ら農に在らざらしめば則ち耕す者勸むと。又た古者六郡の良家の子を取りて宿衛と爲し、及び府兵の番上、十六衛の制を陳べて、以て今の宿衛の失を明らかにす。言う、狂なる者は直に似たり、愛憎は忠に似たりと。以て言を聽き人を知るの難きを明らかにす。蓋し皆當時の先急にして施行に便なる所の者を取りて以て説と爲す。
現代語訳
仁宗はある日、執政と侍従を召して政事について諮問した。当時、曾公亮は楚国太夫人の病に付き添い、休暇を願い出て家にいた。急いで直筆の詔をもって、そこへ赴いて問わせた。曾公亮は六か条を箇条書きにして献じた。その要旨にこう言う。「砦を整え兵と馬を蓄え、兵を主管する者をその任に長く置けば、異民族はあえて国境をうかがいません。人を採るのにその要を得、任じるのにその才を尽くさせれば、将帥は人がいないことを心配しません。余った兵を減らし余った官を淘汰すれば、財政は節約されます。労役をもっぱら農民だけに負わせないようにすれば、耕す者は励みます」。また古には六郡の良家の子を取って宿衛とし、および府兵が交代で上番し、十六衛が置かれた制度を述べて、いまの宿衛の欠点を明らかにした。こう言った。「狂った者は率直に似ている。好き嫌いは忠に似ている」。それによって、言葉を聴いて人を知ることの難しさを明らかにした。思うに、いずれも当時の急を要して実行しやすいところを取って、意見としたのである。
解説
この章句が説くこと
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論語・雍也篇季康子問う、「仲由は政に従わしむ可きか。」子曰く、「由や果、政に従うに於いて何か有らん。」曰く、「賜は政に従わしむ可きか。」曰く、「賜や達、政に従うに於いて何か有らん。」曰く、「求は政に従わしむ可きか。」曰く、「求や芸、政に従うに於いて何か有らん。」
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『韓非子』姦劫弒臣第十四世主は仁義の名を美として其の實を察せず、是を以て大なる者は國亡び身死し、小なる者は地削られ主卑し。
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牧民忠告・聽訟昔嘗て外に使いして、過ぐる所の州県、問いを待つ者門に雲集(うんしゅう)し、毎(つね)に焉(これ)を病めり。乃(すなわ)ち一能吏(のうり)に命じて其の告ぐる所を簿(ぼ)せしめ、日(ひび)に之を省(かえり)み、日に之を遣(や)る。旬(じゅん)を浹(めぐ)らざるに、則ち訟庭(しょうてい)闃然(げきぜん)たり。
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