牧民忠告 / 聽訟
昔嘗使外,所過州縣,待問者雲集乎門,每病焉。乃命一能吏簿其所告,而日省之,而日遣之。不浹旬,則訟庭闃然矣。
新字:昔嘗使外,所過州県,待問者雲集乎門,毎病焉。乃命一能吏簿其所告,而日省之,而日遣之。不浹旬,則訟庭闃然矣。
書き下し
昔嘗て外に使いして、過ぐる所の州県、問いを待つ者門に雲集(うんしゅう)し、毎(つね)に焉(これ)を病めり。乃(すなわ)ち一能吏(のうり)に命じて其の告ぐる所を簿(ぼ)せしめ、日(ひび)に之を省(かえり)み、日に之を遣(や)る。旬(じゅん)を浹(めぐ)らざるに、則ち訟庭(しょうてい)闃然(げきぜん)たり。
現代語訳
昔、地方に使者として赴いたことがあったが、通過するどの州県でも、裁きを待つ者たちが門前に雲のように群れ集まっており、いつもそれに頭を悩ませた。そこで一人の有能な役人に命じて訴えの内容を帳簿に記録させ、毎日それに目を通し、毎日それを処理して帰らせた。すると十日も経たないうちに、訴訟の広場は静まり返った。
解説
本条は滞留した案件処理の実務的な解決策を示す好例である。問題の本質は訴え自体の多さではなく、処理の停滞にあると見抜き、担当者を定めて日次で記録・処理するという単純な仕組みを導入するだけで、わずか十日で状況が一変した。案件を溜め込まず、毎日その日のうちに動かすという原則が要である。現代の組織におけるタスク管理や顧客対応にも直結する教訓であり、問題が山積して見えるときほど、専任の担当者を置き、日次で棚卸しして着実に処理する仕組みを作ることが、停滞を打開する最も確実な方法であることを示している。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
待問者勿停留滞留処理日次処理実務
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