宋名臣言行録 / 後集巻五・范鎮
客有問迂叟以今世之勇者叟曰有范景仁其勇人莫之敵客曰景仁長五尺循循如不勝衣奚其勇叟曰何哉而所謂勇者而以瞋目裂眥髪上指冠力拽九牛氣陵三軍者為勇乎是匹夫之勇爾勇於外者也若景仁勇於内者也
新字:客有問迂叟以今世之勇者叟曰有范景仁其勇人莫之敵客曰景仁長五尺循循如不勝衣奚其勇叟曰何哉而所謂勇者而以瞋目裂眥髪上指冠力拽九牛気陵三軍者為勇乎是匹夫之勇爾勇於外者也若景仁勇於内者也
書き下し
客に迂叟に今世の勇者を問う者有り。叟曰く、范景仁有り。其の勇は人之に敵する莫しと。客曰く、景仁は長五尺、循循として衣に勝えざるが如し。奚ぞ其れ勇ならんと。叟曰く、何ぞや、爾の所謂勇なる者。而して目を瞋らし眥を裂き、髮上りて冠を指し、力は九牛を拽き、氣は三軍を陵ぐ者を以て勇と爲すか。是れ匹夫の勇のみ。外に勇なる者なり。景仁の若きは内に勇なる者なりと。
現代語訳
客の中に、司馬光に当世の勇者を問う者があった。司馬光は言った。「范鎮がいる。その勇には、誰も敵わない」。客は言った。「景仁は身の丈五尺、しずしずとしていて衣の重みにも堪えないようです。どうして勇でありましょうか」。司馬光は言った。「何ということか、お前の言う勇というものは。目を怒らせ、まなじりを裂き、髪は逆立って冠を突き上げ、力は九頭の牛を引き、気は三軍を圧する者を勇とするのか。それは匹夫の勇にすぎない。外に向かって勇である者だ。景仁のような者は、内に向かって勇である者だ」。
解説
勇の定義をやり直す場面です。客の反論はもっともでした。身の丈五尺、しずしずとしていて衣の重みにも堪えないようです。そこで司馬光は、世間で勇と呼ばれているものを、細かく描写してから斬ります。目を怒らせ、まなじりを裂き、髪は逆立って冠を突き上げ、力は九頭の牛を引き、気は三軍を圧する者。描写が具体的なほど、次の一行が効きます。それは匹夫の勇にすぎない。外に向かって勇である者だ。
この章句が説くこと
范景仁有り其の勇は人之に敵する莫し景仁は長五尺循循として衣に勝えざるが如し奚ぞ其れ勇ならん目を瞋らし眥を裂き力は九牛を拽き気は三軍を陵ぐ者を以て勇と為すか是れ匹夫の勇のみ外に勇なる者なり景仁の若きは内に勇なる者なり勇内外
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