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宋名臣言行録 / 後集巻五・范鎮

公學本於六經仁義口不道佛老申韓之説其文清麗簡逺學者以為師法凡五入翰林四知貢舉凡朝廷有大述作有大議論未嘗不與契丹髙麗皆知誦公文賦少時嘗賦長嘯却胡騎及奉使契丹羣相目曰此長嘯公也

新字:公学本於六経仁義口不道仏老申韓之説其文清麗簡遠学者以為師法凡五入翰林四知貢舉凡朝廷有大述作有大議論未嘗不与契丹高麗皆知誦公文賦少時嘗賦長嘯却胡騎及奉使契丹羣相目曰此長嘯公也

書き下し

公の學は六經の仁義に本づく。口に佛老・申韓の説を道わず。其の文は清麗簡遠、學ぶ者以て師法と爲す。凡そ五たび翰林に入り、四たび貢舉を知す。凡そ朝廷に大述作有り大議論有れば、未だ嘗て與らざる無し。契丹・髙麗皆公の文賦を誦するを知る。少き時嘗て長嘯却胡騎を賦す。契丹に奉使するに及び、羣れ相い目して曰く、此れ長嘯公なりと。

現代語訳

范鎮の学問は六経の仁義に基づいていた。口に仏教・老荘や申不害・韓非の説を語らなかった。その文章は清らかで美しく、簡潔で奥行きがあり、学ぶ者は手本とした。あわせて五度翰林に入り、四度科挙を主管した。およそ朝廷に大きな述作があり、大きな議論があるときは、一度も加わらないことがなかった。契丹も高麗も、みな范鎮の文と賦を誦することを知っていた。若いころ「長嘯して胡騎を却く」という賦を作った。契丹に使いしたとき、人々が寄り集まって目を向けて言った。「これが長嘯公である」。

解説

若書きの一篇が、国境を越えて残っていた話です。しかも題材が題材でした。**「長嘯して胡騎を却く」という賦を作った。**胡の騎兵を追い払う、という内容の詩です。その作者が使者として来たのですから、気まずくてもおかしくない。反応は違いました。**人々が寄り集まって目を向けて言った。これが長嘯公である。**敵側で読まれ、覚えられ、名で呼ばれている。文章が国境を越えるとは、こういうことでした。

この章句が説くこと

公の学は六経の仁義に本づく口に仏老申韓の説を道わず凡そ五たび翰林に入り四たび貢舉を知す契丹高麗皆公の文賦を誦するを知る少き時嘗て長嘯却胡騎を賦す此れ長嘯公なり文名外交

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