宋名臣言行録 / 後集巻五・范鎮
疏三上不報邇英閣進讀與吕惠卿爭論上前因論舊法預買紬絹亦青苗之比公曰預買亦敝法也若陛下躬節儉府庫有餘當并預買去之奈何更以為比乎
新字:疏三上不報邇英閣進読与呂恵卿争論上前因論旧法預買紬絹亦青苗之比公曰預買亦敝法也若陛下躬節倹府庫有余当并預買去之奈何更以為比乎
書き下し
疏三たび上るも報ぜられず。邇英閣に進讀し、呂惠卿と上前に爭論す。因りて舊法の預買紬絹も亦た青苗の比なるを論ず。公曰く、預買も亦た敝法なり。若し陛下躬ら節儉にして府庫に餘り有らば、當に并せて預買も之を去るべし。奈何ぞ更に以て比と爲すかと。
現代語訳
上疏は三度に及んだが返答がなかった。邇英閣で進講し、呂恵卿と天子の前で論じ争った。そのついでに、旧来の法である預買の紬絹もまた青苗と同類だ、という議論になった。范鎮は言った。「預買もまた弊害のある法です。もし陛下がご自身節倹に努められて、国庫に余裕があるなら、預買もあわせて廃止すべきです。それをどうして、比較の材料になさるのですか」。
解説
反論を封じる常套句に、正面から答えた条です。相手の言い分はこうでした。同じようなことは昔からある。**旧来の法である預買の紬絹もまた青苗と同類だ。**ふつうはここで、あれとこれは違うと弁じます。范鎮は認めました。**預買もまた弊害のある法です。**そのうえで、ならばそちらも廃止しよう、と返す。**預買もあわせて廃止すべきです。**同類だという指摘を、二つとも切る根拠に変えました。**それをどうして、比較の材料になさるのですか。**
この章句が説くこと
疏三たび上るも報ぜられず旧法の預買紬絹も亦た青苗の比なるを論ず預買も亦た敝法なり当に并せて預買も之を去るべし奈何ぞ更に以て比と為すか前例論法
関連する章句
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