宋名臣言行録 / 後集巻五・范鎮
上疏論民力困弊請約祖宗以來官吏兵數酌取其中以為定制以今賦入之數十之七為經費而儲其三以備水旱非常又言古者冡宰制國用唐以宰相兼鹽鐵轉運或判户部度支今中書主民樞宻主兵三司主財各不相知故財已匱而樞宻益兵無窮民已困而三司取財不已請使中書樞宻通知兵民財利大計與三司同制國用
新字:上疏論民力困弊請約祖宗以来官吏兵数酌取其中以為定制以今賦入之数十之七為経費而儲其三以備水旱非常又言古者冡宰制国用唐以宰相兼塩鉄転運或判戸部度支今中書主民枢宻主兵三司主財各不相知故財已匱而枢宻益兵無窮民已困而三司取財不已請使中書枢宻通知兵民財利大計与三司同制国用
書き下し
上疏して民力の困弊を論じ、祖宗以來の官吏兵數を約し、其の中を酌み取りて以て定制と爲さんことを請う。今の賦入の數の十の七を以て經費と爲し、其の三を儲えて以て水旱非常に備えんことを請う。又た言う、古者は冢宰國用を制す。唐は宰相を以て鹽鐵轉運を兼ね、或いは戸部度支を判ぜしむ。今中書は民を主どり、樞密は兵を主どり、三司は財を主どりて、各ミ相い知らず。故に財已に匱しきに樞密の兵を益すこと窮まり無く、民已に困しきに三司の財を取ること已まず。中書樞密をして兵民財利の大計を通知し、三司と同じく國用を制せしめんことを請うと。
現代語訳
上疏して民の力が疲れ弊れていることを論じ、祖宗以来の官吏と兵の数をまとめ、その中間を取って定まった制度とするよう願った。いまの租税収入の十分の七を経費とし、その三を蓄えて水害や旱害の非常時に備えるよう願った。またこう言った。「古は冢宰が国の費用を統べた。唐は宰相に塩鉄転運を兼ねさせ、あるいは戸部・度支を担当させた。いま中書は民を主管し、枢密は兵を主管し、三司は財を主管して、それぞれ互いを知らない。だから財がすでに乏しいのに、枢密が兵を増やすことに際限がなく、民がすでに苦しんでいるのに、三司が財を取ることをやめない。中書と枢密に、兵・民・財の大きな計画を互いに知らせ、三司とともに国の費用を統べさせるようお願いします」。
解説
縦割りの弊害が、二つの具体例で説明されています。**財がすでに乏しいのに、枢密が兵を増やすことに際限がなく、民がすでに苦しんでいるのに、三司が財を取ることをやめない。**どちらも、その部署の職務としては正しい。全体の残量を誰も見ていないだけです。だから求めたのは統合ではなく、共有でした。**兵・民・財の大きな計画を互いに知らせ。**そして手前に、収入の三割を先に取り分けておく提案が置かれています。**十分の七を経費とし、その三を蓄えて。**
この章句が説くこと
今の賦入の数の十の七を以て経費と為し其の三を儲えて以て水旱非常に備えん今中書は民を主どり枢密は兵を主どり三司は財を主どりて各ミ相い知らず財已に匱しきに枢密の兵を益すこと窮まり無く中書枢密をして兵民財利の大計を通知せしめん縦割り財政
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