宋名臣言行録 / 後集巻五・范鎮
除兼侍御史知雜事公以言不從固辭不受凡見上面陳者三公泣上亦泣曰朕知卿忠卿言是也當更俟二三年章凡十九上待罪百餘日鬚髪為白朝廷不能奪乃罷知諌院改集賢殿修撰判流内銓修起居注除知制誥公雖罷言職而無嵗不言儲貳事以上春秋髙每因事及之冀以感動上心及為知制誥正謝上殿面論之曰陛下許臣今復三年矣願早定大計明年又因祫享獻賦以諷其後韓琦卒定䇿立英宗
新字:除兼侍御史知雑事公以言不従固辞不受凡見上面陳者三公泣上亦泣曰朕知卿忠卿言是也当更俟二三年章凡十九上待罪百余日鬚髪為白朝廷不能奪乃罷知諌院改集賢殿修撰判流内銓修起居注除知制誥公雖罷言職而無歳不言儲貳事以上春秋高毎因事及之冀以感動上心及為知制誥正謝上殿面論之曰陛下許臣今復三年矣願早定大計明年又因祫享献賦以諷其後韓琦卒定策立英宗
書き下し
兼侍御史知雜事を除せらる。公言の從われざるを以て固辭して受けず。凡そ上に見えて面陳する者三たび。公泣き、上も亦た泣きて曰く、朕は卿の忠を知る。卿の言は是なり。當に更に二三年を俟つべしと。章凡そ十九上り、罪を待つこと百餘日、鬚髮爲に白し。朝廷奪う能わず。乃ち罷めて諫院を知す。集賢殿修撰に改め、流内銓を判じ、起居注を脩め、知制誥を除せらる。公言職を罷むと雖も、歳として儲貳の事を言わざる無し。上の春秋髙きを以て、毎に事に因りて之に及び、以て上心を感動せんことを冀う。知制誥と爲るに及び、正謝して殿に上り、面して之を論じて曰く、陛下の臣に許して今復た三年なり。願わくは早く大計を定めよと。明年、又た祫享に因りて賦を獻じて以て諷す。其の後、韓琦卒に策を定めて英宗を立つ。
現代語訳
兼侍御史知雑事に任じられた。范鎮は自分の言葉が用いられていないことを理由に固辞して受けなかった。天子に拝謁して面と向かって述べたことが三度。范鎮は泣き、天子もまた泣いて言った。「朕は卿の忠を知っている。卿の言うところは正しい。あと二、三年待ってほしい」。上章は合わせて十九度に及び、処分を待つこと百余日、鬚と髪はそのために白くなった。朝廷は考えを変えさせることができなかった。そこで諫院の職を解いた。集賢殿修撰に改め、流内銓を担当し、起居注を修め、知制誥に任じられた。范鎮は言論の職を離れても、後継ぎの件を言わない年はなかった。天子が年を重ねているので、そのつど事に事寄せてそこへ及び、天子の心を動かそうとした。知制誥となると、着任の礼に殿上に上り、面と向かって論じて言った。「陛下が臣にお約束くださってから、いままた三年になります。どうか早く大計をお定めください」。翌年、また合祭にことよせて賦を献じて諷した。その後、韓琦がついに策を定めて英宗を立てた。
解説
この章句が説くこと
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