宋名臣言行録 / 後集巻五・范鎮
㑹有星變其占為急兵公言國本未立若變起倉卒禍不可以前料兵孰急于此者乎今陛下得臣疏不以留中而付中書是欲使大臣奉行也臣兩至中書大臣設辭以拒臣是陛下欲為宗廟社稷計而大臣不欲也臣竊原其意特恐行之而陛下中變爾夫中變之禍死而無愧急兵之憂死且有罪願以此示大臣使自擇而審處焉聞者為之股慄
新字:会有星変其占為急兵公言国本未立若変起倉卒禍不可以前料兵孰急于此者乎今陛下得臣疏不以留中而付中書是欲使大臣奉行也臣両至中書大臣設辞以拒臣是陛下欲為宗廟社稷計而大臣不欲也臣竊原其意特恐行之而陛下中変爾夫中変之禍死而無愧急兵之憂死且有罪願以此示大臣使自択而審処焉聞者為之股慄
書き下し
會ミ星變有り。其の占は急兵と爲す。公言う、國本未だ立たず。若し變倉卒に起こらば、禍は以て前もって料る可からず。兵の孰れか此より急なる者ぞ。今陛下臣の疏を得て、中に留めずして中書に付す。是れ大臣をして奉行せしめんと欲するなり。臣兩たび中書に至る。大臣辭を設けて以て臣を拒む。是れ陛下は宗廟社稷の爲に計らんと欲するに、大臣は欲せざるなり。臣竊かに其の意を原ぬるに、特に之を行いて陛下の中ごろ變ぜんことを恐るるのみ。夫れ中變の禍は死して愧づる無し。急兵の憂いは死して且つ罪有り。願わくは此を以て大臣に示し、自ら擇びて審らかに處せしめよと。聞く者之が爲に股慄す。
現代語訳
ちょうど星に異変があった。その占いは、急な兵乱を告げるものであった。范鎮は言った。「国の根本がまだ立っておりません。もし変事が突然起これば、禍はあらかじめ計ることができません。兵乱のどれが、これより急なものでありましょうか。いま陛下は臣の上疏を得て、宮中に留めずに中書に回されました。これは大臣に実行させようというお考えです。臣は二度中書に赴きました。大臣は言い訳を設けて臣を拒みました。これは、陛下が宗廟社稷のために計ろうとされているのに、大臣がそれを望んでいないということです。臣がひそかにその心を推し量りますに、ただ、実行したあとで陛下が途中でお心を変えられることを恐れているだけです。そもそも、途中で変えられて起こる禍なら、死んでも恥じるところはありません。急な兵乱の憂いは、死んでもなお罪があります。どうかこれを大臣にお示しになり、自ら選んで慎重に処させてください」。聞いた者はそのために足が震えた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『宋名臣言行録』後集巻五・范鎮仁宗即位三十五年、未だ繼嗣有らず。嘉祐の初め疾を得たり。中外危恐す。公獨り奮いて曰く、天下の事に尚お此より大なる者有らんやと。即ち上疏して曰く、太祖は其の子を舍てて太宗を立つ。此れ天下の大公なり。周王既に薨じて、眞宗は宗室の子を取りて之を禁中に養う。此れ天下の大慮なり。願わくは陛下、宗室の賢者を擇び、其の禮物を異にして之を政事に試み、以て天下の心を係けよと。章累ミ上るも報ぜられず。因りて門を闔ざして罪を請う。
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『宋名臣言行録』後集巻五・范鎮兼侍御史知雜事を除せらる。公言の從われざるを以て固辭して受けず。凡そ上に見えて面陳する者三たび。公泣き、上も亦た泣きて曰く、朕は卿の忠を知る。卿の言は是なり。當に更に二三年を俟つべしと。章凡そ十九上り、罪を待つこと百餘日、鬚髮爲に白し。朝廷奪う能わず。乃ち罷めて諫院を知す。集賢殿修撰に改め、流内銓を判じ、起居注を脩め、知制誥を除せらる。公言職を罷むと雖も、歳として儲貳の事を言わざる無し。上の春秋髙きを以て、毎に事に因りて之に及び、以て上心を感動せんことを冀う。知制誥と爲るに及び、正謝して殿に上り、面して之を論じて曰く、陛下の臣に許して今復た三年なり。願わくは早く大計を定めよと。明年、又た祫享に因りて賦を獻じて以て諷す。其の後、韓琦卒に策を定めて英宗を立つ。
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『宋名臣言行録』後集巻七・司馬光初め至和三年、仁宗始めて豫ならず。國嗣未だ立たず。天下寒心して敢えて言わず。惟だ范鎮のみ首めて其の議を發す。公時に并州を通判す。聞きて之に繼ぎ、上疏して言う、禮に大宗に子無くんば則ち小宗の之が後と爲る者は之が子と爲るなり。願わくは陛下、宗室の賢者を擇び、儲貳を攝せしめて以て皇嗣の生まるるを待て。退きて藩服に居らしめよ。然らずんば則ち宿衛を典り京邑を尹らしむるも、亦た以て天下の望を係くるに足らんと。疏三たび上る。其の一は中に留められ、其の二は中書に付せらる。
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『宋名臣言行録』後集巻七・司馬光公又た鎮に書を與う、此れ大事なり。言わずんば則ち已む。言一たび出づれば豈に復た反す可けんや。願わくは公、死を以て之を爭えと。是に於いて鎮之を言うこと益ミ力む。公の諫官と爲るに及び、復た上疏し且つ面ミ言う。上因りて公をして言う所を中書に付せしむ。公曰く、願わくは陛下、自ら意を以て宰相に諭せと。
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『宋名臣言行録』後集巻五・范鎮後に上言す、臣の言行われず。復た朝に立つに顔無しと。致仕を請う。疏五たび上る。最後に安石の喜怒を以て賞罰を爲すを指言し、且つ曰く、陛下に納諫の資有るに大臣は拒諫の計を進む。陛下に愛民の性有るに大臣は殘民の術を用うと。安石大いに怒り、自ら制を草して極口に公を詆り、翰林學士を落として本官を以て致仕せしむ。聞く者皆公の爲に懼る。公表を上りて謝す。其の略に曰く、身を乞いて去ると曰うと雖も、敢えて憂國の心を忘れんやと。又た曰く、望むらくは陛下、羣議を集めて耳目と爲し以て壅蔽の姦を除き、老成に任じて腹心と爲し以て和平の福を養えと。天下聞きて之を壯とす。安石之を詆ること深しと雖も、人更に以て榮と爲す。
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『宋名臣言行録』後集巻二・富弼神宗即位す。召して闕に赴かしむ。公既に至るも未だ見えず。上前に於いて、災異は皆天數にして人事の得失の致す所に非ずと言う者有り。公之を聞きて嘆じて曰く、人君の畏るる所は惟だ天のみ。若し天を畏れずんば、何事か爲す可からざらん。亂亡を去ること幾ばく無し。此れ必ず奸臣の邪說を進めんと欲して、先ず上を導きて畏るる所無からしめ、輔弼諫爭の臣をして復た其の力を施す所無からしめんとするなり。此れ治亂の機なり。吾以て速やかに救わざる可からずと。即ち上書すること數千言。雜えて洪範・春秋及び古今の傳記・人情・物理を引きて、以て其の決して然らざる者を明らかにす。