宋名臣言行録 / 後集巻五・范鎮
後上言臣言不行無顔復立於朝請致仕疏五上最後指言安石以喜怒為賞罰且曰陛下有納諌之資大臣進拒諌之計陛下有愛民之性大臣用殘民之術安石大怒自草制極口詆公落翰林學士以本官致仕聞者皆為公懼公上表謝其畧曰雖曰乞身而去敢忘憂國之心又曰望陛下集羣議為耳目以除壅蔽之姦任老成為腹心以養和平之福天下聞而壯之安石雖詆之深人更以為榮
新字:後上言臣言不行無顔復立於朝請致仕疏五上最後指言安石以喜怒為賞罰且曰陛下有納諌之資大臣進拒諌之計陛下有愛民之性大臣用残民之術安石大怒自草制極口詆公落翰林学士以本官致仕聞者皆為公懼公上表謝其畧曰雖曰乞身而去敢忘憂国之心又曰望陛下集羣議為耳目以除壅蔽之姦任老成為腹心以養和平之福天下聞而壮之安石雖詆之深人更以為栄
書き下し
後に上言す、臣の言行われず。復た朝に立つに顔無しと。致仕を請う。疏五たび上る。最後に安石の喜怒を以て賞罰を爲すを指言し、且つ曰く、陛下に納諫の資有るに大臣は拒諫の計を進む。陛下に愛民の性有るに大臣は殘民の術を用うと。安石大いに怒り、自ら制を草して極口に公を詆り、翰林學士を落として本官を以て致仕せしむ。聞く者皆公の爲に懼る。公表を上りて謝す。其の略に曰く、身を乞いて去ると曰うと雖も、敢えて憂國の心を忘れんやと。又た曰く、望むらくは陛下、羣議を集めて耳目と爲し以て壅蔽の姦を除き、老成に任じて腹心と爲し以て和平の福を養えと。天下聞きて之を壯とす。安石之を詆ること深しと雖も、人更に以て榮と爲す。
現代語訳
後に上言した。「臣の言葉は行われません。ふたたび朝廷に立つ顔がありません」。引退を願い出た。上疏は五度に及んだ。最後には、王安石が好き嫌いによって賞罰を行っていることを名指しし、そのうえで言った。「陛下には諫めを受け入れる資質がおありなのに、大臣は諫めを拒む策を進めております。陛下には民を愛するご性質がおありなのに、大臣は民を損なう術を用いております」。王安石は大いに怒り、自ら詔を起草して口を極めて范鎮をそしり、翰林学士の職を落として、もとの官のまま引退させた。聞いた者はみな范鎮のために恐れた。范鎮は表を上って礼を述べた。その要旨に言う。「身の引退を願って去ると申しますが、どうして国を憂える心を忘れましょうか」。またこう言う。「願わくは陛下、多くの議論を集めて耳目とし、それによって塞ぎ覆う奸を除き、老成した者に任せて腹心とし、それによって和らぎ平らかな福を養われますよう」。天下はこれを聞いて壮とした。王安石はそしることが深かったが、人はかえってそれを栄誉とした。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『宋名臣言行録』後集巻五・范鎮元祐の初め、首めて詔を以て公を起こして曰く、西伯善く二老を養い、來たりて漢室に歸す。詞を卑くして四臣入侍す。我が爲に強いて起て。或いは勤を憚る無かれ。天下は公と溫公と同に升るを望むと。公辭して曰く、六十三にして去るを求む。蓋し年を引くを以てなり。七十九にして復た來たらば、豈に禮に中ると云わんやと。卒に起たず。是より先、蔡京公に見えて曰く、上將に公を起こさんとすと。公色を正して曰く、鎮は新法を論じて合わざるを以て罪を得たり。一旦先帝天下を棄つるに、其れ因りて以て利と爲す可けんやと。故に公卒に元祐二聖の爲に一たびも起たず。
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『宋名臣言行録』後集巻五・范鎮公謝を得たり。蘇軾往きて之を賀して曰く、公退くと雖も名益ミ重しと。公愀然として曰く、君子は言聽かれ計從われ、患いを未萌に消し、天下をして陰に其の賜を受けしめて、智名勇功無し。吾獨り此を爲すを得ざるは命なるかな。天下をして其の害を受けしめて吾は其の名を享く。吾何の心ぞやと。軾慙じて退く。
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『宋名臣言行録』後集巻五・范鎮兼侍御史知雜事を除せらる。公言の從われざるを以て固辭して受けず。凡そ上に見えて面陳する者三たび。公泣き、上も亦た泣きて曰く、朕は卿の忠を知る。卿の言は是なり。當に更に二三年を俟つべしと。章凡そ十九上り、罪を待つこと百餘日、鬚髮爲に白し。朝廷奪う能わず。乃ち罷めて諫院を知す。集賢殿修撰に改め、流内銓を判じ、起居注を脩め、知制誥を除せらる。公言職を罷むと雖も、歳として儲貳の事を言わざる無し。上の春秋髙きを以て、毎に事に因りて之に及び、以て上心を感動せんことを冀う。知制誥と爲るに及び、正謝して殿に上り、面して之を論じて曰く、陛下の臣に許して今復た三年なり。願わくは早く大計を定めよと。明年、又た祫享に因りて賦を獻じて以て諷す。其の後、韓琦卒に策を定めて英宗を立つ。
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『宋名臣言行録』後集巻六・王安石公遂に力めて去るを求む。已にして公卒に位を去り、惠卿を薦めて己に代う。命の下るの日、京師大風雨。土席を翳うこと寸を逾ゆ。俠又た上書して言う、安石は本と惠卿の誤らしむる所と爲りて此に至る。今復た扳援して以て前非を遂げ、復た宗社の爲に計らずと。
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『宋名臣言行録』前集巻七・范仲淹公、服中に宰相に書を上り、朝政の得失及び民間の利病を言う。凡そ萬餘言。王曽、見て之を偉とす。時に晏殊も亦た京師に在り。一人を薦めて館職と為す。曽、殊に謂いて曰く、公、范仲淹を知る。捨てて薦めずして斯の人を薦むるかと。已に公の為に置きて行わず。宜しく更に仲淹を薦むべしと。殊之に從う。遂に館職に除す。頃くして冬至、仗を立つ。禮官、議を定め、章獻に媚びんと欲す。天子、百官を帥いて夀を庭に獻ぜんことを請う。公奏して不可とす。殊大いに懼れ、公を召して之を責め怒り、以て狂と為す。公、色を正して抗言して曰く、仲淹、明公の誤知を受け、常に稱わずして知己の為に羞を為さんことを懼る。意わざりき、今日、更に正論を以て門下に罪を獲んとはと。殊慙じて以て應うる無し。
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『宋名臣言行録』後集巻二・富弼安石參政となり、法を改め財を理むるを議す。公の意と合わず。公病と稱して去るを求む。章數十上る。上、誰か卿に代わる可きを問う。公彦博を薦む。上黙然たること良や久しくして曰く、安石は何如と。公も亦た黙然たり。八月、使相を以て亳州を判す。