宋名臣言行録 / 後集巻五・吕誨
獻可病自草章乞致仕曰臣無宿疾偶值醫者用術乖方殊不知脈□有虛實隂陽有逆順診察有標本治療有先後妄投湯劑率任情意差之指下禍延四肢非秪憚□盭之苦又將虞心腹之變葢以一身之疾喻朝政之病也
新字:献可病自草章乞致仕曰臣無宿疾偶值医者用術乖方殊不知脈□有虚実陰陽有逆順診察有標本治療有先後妄投湯剤率任情意差之指下禍延四肢非秪憚□盭之苦又将虞心腹之変葢以一身之疾喻朝政之病也
書き下し
獻可病みて自ら章を草して致仕を乞いて曰く、臣に宿疾無し。偶ま醫者の術を用うるに方に乖くに値う。殊に知らず、脈□に虚實有り、陰陽に逆順有り、診察に標本有り、治療に先後有るを。妄りに湯劑を投じ、率ね情意に任ず。之を指下に差えば禍は四肢に延ぶ。秪だ□盭の苦しみを憚るのみに非ず、又た將に心腹の變を虞らんとすと。蓋し一身の疾を以て朝政の病に喩うるなり。
現代語訳
呂誨は病んで、自ら文を草して引退を願い出て言った。「臣にはもとからの持病はありません。たまたま医者が、やり方の筋道に外れた術を用いるのに行き当たっただけです。まるで分かっていないのです、脈〔一字を欠く〕に虚と実があり、陰陽に逆と順があり、診察に表と本があり、治療に先と後があることを。みだりに煎じ薬を投じ、おおむね気分にまかせる。指の下で見誤れば、禍は四肢にまで及びます。ただ〔一字を欠く〕り曲がる苦しみを憚るだけではありません。さらに心と腹の変事を心配しなければならないのです」。思うに、自分一人の病によって朝政の病を喩えたのである。
解説
引退願いが、まるごと比喩になっています。**臣にはもとからの持病はありません。たまたま医者が、やり方の筋道に外れた術を用いるのに行き当たっただけです。**体そのものは悪くない。手当てのほうが間違っている、と。そして医術の基本を四つ並べました。**虚と実、逆と順、表と本、先と後。**どれも順序と区別の話です。それを無視して薬を投げ入れる。**みだりに煎じ薬を投じ、おおむね気分にまかせる。**この人の弾劾文が何を問題にしていたか、そのまま出ています。
この章句が説くこと
臣に宿疾無し偶ま医者の術を用うるに方に乖くに値う脈に虚実有り陰陽に逆順有り診察に標本有り治療に先後有る妄りに湯剤を投じ率ね情意に任ず蓋し一身の疾を以て朝政の病に喩うるなり比喩診断
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