宋名臣言行録 / 後集巻五・吕誨
公以追尊濮園事擊歐公如曰首開邪議妄引經證以枉道悦人主以近利負先帝者凡十四章具載奏議中司馬文正作序乃首載歐公諌臣論以為誠言文正之意以獻可能盡歐公所書諌臣之事使歐公無得以怨歟抑以歐公但能言之獻可實能行之也不然獻可排歐公為邪反以歐公之論序獻可之奏又以為誠言可乎歐公晚著濮議一書専與獻可辨獨歸過獻可為甚矣
新字:公以追尊濮園事擊欧公如曰首開邪議妄引経證以枉道悦人主以近利負先帝者凡十四章具載奏議中司馬文正作序乃首載欧公諌臣論以為誠言文正之意以献可能尽欧公所書諌臣之事使欧公無得以怨歟抑以欧公但能言之献可実能行之也不然献可排欧公為邪反以欧公之論序献可之奏又以為誠言可乎欧公晩著濮議一書専与献可弁独帰過献可為甚矣
書き下し
公濮園を追尊する事を以て歐公を撃つ。曰くが如し、首めて邪議を開き、妄りに經證を引き、道を枉げて人主を悦ばせ、近利を以て先帝に負くと。凡そ十四章、具さに奏議の中に載る。司馬文正序を作り、乃ち首めに歐公の諫臣論を載せて以て誠言と爲す。文正の意は、獻可の能く歐公の書す所の諫臣の事を盡くすを以て、歐公をして怨むを得る無からしめんとするか。抑ミ歐公は但だ能く之を言い、獻可は實に能く之を行うを以てするか。然らずんば、獻可の歐公を排して邪と爲すに、反って歐公の論を以て獻可の奏に序するは、又た以て誠言と爲す可けんや。歐公晚に濮議一書を著し、專ら獻可と辨じ、獨り過を獻可に歸す。甚だしと爲すなり。
現代語訳
呂誨は濮園を追尊する件によって欧陽脩を弾劾した。たとえばこう言う。「まっさきによこしまな議論を開き、みだりに経典の証拠を引き、道を曲げて君主を喜ばせ、目先の利によって先帝に背いた」。あわせて十四章、こまごまと奏議の中に載っている。司馬光が序を作り、その冒頭に欧陽脩の「諫臣論」を載せて、まことの言葉とした。司馬光の意図は、呂誨が欧陽脩の書いた諫臣のあり方を尽くしたのだから、欧陽脩に怨むところをなくさせようとしたのだろうか。それとも、欧陽脩はただそれを言えただけで、呂誨は実際にそれを行った、ということなのだろうか。そうでなければ、呂誨が欧陽脩を排してよこしまとしたのに、かえって欧陽脩の論をもって呂誨の奏議に序を付けるのが、まことの言葉と言えようか。欧陽脩は晩年に『濮議』一書を著し、もっぱら呂誨と論じ、ひとり過ちを呂誨に帰した。行き過ぎである。
解説
この章句が説くこと
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