宋名臣言行録 / 後集巻五・趙抃
公平生日所為事夜必衣冠露香拜手以告于天不可告者則不敢為也
新字:公平生日所為事夜必衣冠露香拝手以告于天不可告者則不敢為也
書き下し
公平生、日に爲す所の事、夜必ず衣冠して香を露わし、拜手して以て天に告ぐ。告ぐ可からざる者は則ち敢えて爲さざるなり。
現代語訳
趙抃は日ごろ、昼のうちにしたことを、夜には必ず衣冠を正して香を焚き、手を合わせて天に報告した。報告できないようなことは、そもそもしなかった。
解説
二十八字です。前半は日課の記述にすぎません。後半で、それが仕組みに変わります。**報告できないようなことは、そもそもしなかった。**毎晩必ず報告すると決めておくと、昼の判断の基準が一つになります。これは天に見られているという話ではなく、夜の自分に説明できるかという話です。天だけを相手にした点検なので、誰にも見せず、誰にも知られない。この巻の趙抃は、これを生涯続けました。
この章句が説くこと
公平生日に為す所の事夜必ず衣冠して香を露わし拝手して以て天に告ぐ告ぐ可からざる者は則ち敢えて為さざるなり自省日課天
関連する章句
-
言志四録・南洲手抄生物は皆死を畏る。人は其れ霊なり、当に死を畏るるの中より死を畏れざるの理を揀び出すべし。吾れ思ふ、我が身は天物なり。死生の権は天に在り、当に之を順受すべし。我れの生るるや自然にして生る、生るる時未だ嘗て喜ぶことを知らず。則ち我の死するや応に亦自然にして死し、死する時未だ嘗て悲むことを知らざるべし。天之を生みて、天之を死す、一に天に聴さんのみ、吾れ何ぞ畏れん。吾が性は即ち天なり、躯殻は則ち天を蔵むるの室なり。精気の物と為るや、天此の室に寓す。遊魂の変を為すや、天此の室を離る。死の後は即ち生の前なり、生の前は即ち死の後なり。而して吾が性の性たる所以は、恒に死生の外に在り、吾れ何ぞ畏れん。夫れ昼夜は一理なり、幽明は一理なり。始めを原ねて終りに反らば、死生の理を知る、何ぞ其の易簡にして明白なるや。吾人は当に此の理を以て自省すべし。
-
人物志・釋爭若し彼賢にして我が前に処らば、則ち我が徳の未だ至らざるなり。
-
説苑・君道宋大水す。魯人之を弔いて曰く、「天淫雨を降らし、谿谷満盈し、延いて君の地に及び、以て執政を憂えしむ、臣をして敬んで弔わしむ」と。宋人之に応えて曰く、「寡人不佞にして、斎戒謹まず、邑封修まらず、人を使うこと時ならず、天殃を加え、又君の憂いを遺す、命を拝するの辱を」と。君子之を聞きて曰く、「宋国其れ庶幾からんか」と。問いて曰く、「何の謂いぞや」と。曰く、「昔夏の桀殷の紂は其の過ちを任ぜず、其の亡ぶるや忽焉たり。成湯文武は其の過ちを任ずることを知り、其の興るや勃焉たり。夫れ過ちて之を改むるは、是れ猶お過たざるがごとし。故に曰く其れ庶幾からんかと」と。宋人之を聞き、夙に興き夜に寐ね、早に朝し晏に退き、死を弔い疾を問い、力を宇内に戮す。三年にして、歳豊かに政平らかなり。嚮に宋人をして君子の語を聞かざらしめば、則ち年穀未だ豊かならずして国未だ寧からず。詩に曰く、「時の仔肩を佛け、我に顕徳の行いを示す」と、此を之れ謂うなり。
-
論語・公冶長篇子曰く、已んぬるかな。吾未だ能く其の過を見て、内に自ら訟むる者を見ざるなり。
-
葉隠・聞書第一若き時分、残念記と名づけて、その日その日の誤りを書き付けて見たるに、二十・三十なき日はなし。果てもなく候。今にも一日の事を寝てから案じて見れば、言ひそこなひ、仕そこなひのなき日はなし。さても成らぬものなり。利発任せにする人は、了簡(りょうけん)に及ばざることなり。
-
伝習録・薛侃録「顔子の怒りを遷さず、過ちを貳(ふたた)びせざるも、亦た是れ『未発の中』有りて始めて能くす」。