宋名臣言行録 / 後集巻五・趙抃
公平生日所為事夜必衣冠露香拜手以告于天不可告者則不敢為也
新字:公平生日所為事夜必衣冠露香拝手以告于天不可告者則不敢為也
書き下し
公平生、日に爲す所の事、夜必ず衣冠して香を露わし、拜手して以て天に告ぐ。告ぐ可からざる者は則ち敢えて爲さざるなり。
現代語訳
趙抃は日ごろ、昼のうちにしたことを、夜には必ず衣冠を正して香を焚き、手を合わせて天に報告した。報告できないようなことは、そもそもしなかった。
解説
二十八字です。前半は日課の記述にすぎません。後半で、それが仕組みに変わります。報告できないようなことは、そもそもしなかった。毎晩必ず報告すると決めておくと、昼の判断の基準が一つになります。これは天に見られているという話ではなく、夜の自分に説明できるかという話です。天だけを相手にした点検なので、誰にも見せず、誰にも知られない。この巻の趙抃は、これを生涯続けました。
この章句が説くこと
公平生日に為す所の事夜必ず衣冠して香を露わし拝手して以て天に告ぐ告ぐ可からざる者は則ち敢えて為さざるなり自省日課天
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