宋名臣言行録 / 後集巻五・趙抃
熙寧中以大資知越州兩浙旱蝗米價踊貴死者十五六諸州皆榜衢路禁増米價閲道獨榜衢路令有米者任増價糶之于是諸州米商輻集詣越米價更賤民無饑者
新字:熙寧中以大資知越州両浙旱蝗米価踊貴死者十五六諸州皆榜衢路禁増米価閲道独榜衢路令有米者任増価糶之于是諸州米商輻集詣越米価更賤民無饑者
書き下し
熙寧中、大資を以て越州を知る。兩浙旱蝗、米價踊貴し、死する者十に五六。諸州皆衢路に榜して米價を増すを禁ず。閲道獨り衢路に榜して、米有る者は任意に價を増して之を糶るを令ず。是に於いて諸州の米商輻集して越に詣る。米價更に賤しく、民に饑うる者無し。
現代語訳
熙寧年間、大資政殿学士の資格で越州の知事となった。両浙は旱と蝗に見舞われ、米の値は跳ね上がり、死んだ者は十のうち五、六に及んだ。どの州も大通りに掲示を出して、米の値上げを禁じた。趙抃ひとりは大通りに掲示を出して、米を持っている者は好きなだけ値を上げて売ってよい、と命じた。そこで諸州の米商人が車輪の輻が集まるように越州へやって来た。米の値はかえって安くなり、民に飢える者がいなくなった。
解説
全州が同じ手を打っている中で、一つだけ逆をやった条です。値上げを禁じれば、米はその州へ来ません。売っても儲からないからです。**どの州も大通りに掲示を出して、米の値上げを禁じた。**趙抃は逆を掲示しました。**米を持っている者は好きなだけ値を上げて売ってよい。**高く売れる場所に、米が集まってくる。集まれば値は下がります。**米の値はかえって安くなり、民に飢える者がいなくなった。**
この章句が説くこと
両浙旱蝗米価踊貴し死する者十に五六諸州皆衢路に榜して米価を増すを禁ず閲道独り米有る者は任意に価を増して之を糶るを令ず諸州の米商輻集して越に詣る米価更に賤しく民に饑うる者無し物価統制
関連する章句
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孫子・作戦篇師に近き者は貴く売る。貴く売れば則ち百姓財竭き、財竭くれば則ち丘役に急なり。
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『宋名臣言行録』後集巻三・文彦博公成都に在り、米價騰貴す。因りて諸城門に近き院、凡そ十八處に就きて價を減じて糶賣し、其の數を限らず。榜を通衢に張る。米價遂に減ず。此より前、或いは升斗を限りて以て糶し、或いは市井の價直を抑う。適ま以て其の氣燄を増すに足りて、終に其の價を平らかにする能わず。乃ち事に臨みて須らく當に術有るべきを知る。
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