宋名臣言行録 / 後集巻五・趙抃
為參政㑹王安石用事議論不協既而司馬光辭樞副臺諌侍從多以言事求去公言朝廷事有輕重體有小大財利於事為輕而民心得失為重青苖使者於體為小而禁近耳目之臣用舍為大今不罷財利而輕失民心不罷青苗使者而輕棄禁近耳目去重而取輕失大而得小非宗廟社稷之福臣恐天下自此不安矣言入即求去
新字:為参政会王安石用事議論不協既而司馬光辞枢副台諌侍従多以言事求去公言朝廷事有軽重体有小大財利於事為軽而民心得失為重青苖使者於体為小而禁近耳目之臣用舎為大今不罷財利而軽失民心不罷青苗使者而軽棄禁近耳目去重而取軽失大而得小非宗廟社稷之福臣恐天下自此不安矣言入即求去
書き下し
參政と爲る。會ミ王安石事を用い、議論協わず。既にして司馬光樞副を辭し、臺諫侍從多く言事を以て去るを求む。公言う、朝廷の事に輕重有り、體に小大有り。財利は事に於いて輕しと爲し、而して民心の得失は重しと爲す。青苗の使者は體に於いて小と爲し、而して禁近耳目の臣の用捨は大と爲す。今財利を罷めずして輕がるしく民心を失い、青苗の使者を罷めずして輕がるしく禁近耳目を棄つ。重きを去りて輕きを取り、大を失いて小を得る。宗廟社稷の福に非ず。臣恐る、天下此れより安からざらんことをと。言入りて即ち去るを求む。
現代語訳
参政となった。ちょうど王安石が実権を握り、議論が合わなかった。やがて司馬光が枢密副使を辞し、御史台・諫院・侍従の多くが意見を述べたことで去ることを願った。趙抃は言った。「朝廷の事には軽重があり、事柄には大小があります。財の利益は事として軽く、民心を得るか失うかは重い。青苗の使者は事柄として小さく、天子の側近くにあって耳目となる臣を用いるか捨てるかは大きい。いま財の利益をやめずに、軽々しく民心を失っている。青苗の使者をやめずに、軽々しく耳目の臣を棄てている。重いほうを捨てて軽いほうを取り、大きいほうを失って小さいほうを得ている。宗廟と社稷の福ではありません。臣は恐れます、天下がこれより安らかでなくなることを」。この言葉を差し出して、そのまま辞去を願い出た。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『宋名臣言行録』後集巻七・司馬光韓琦上疏して青苗の害を論ず。上感悟して其の法を罷めんと欲す。安石疾と稱して去るを求む。會ミ公を樞副に拜す。公上章して力めて辭すること六七に至りて曰く、上誠に能く制置條例司を罷め提舉官を追還し、青苗・□役等の法を行わずんば、臣を用いずと雖も臣の受くる賜は多し。然らずんば終に敢えて命を受けずと。上人を遣わして公に謂う、樞密は兵事なり。官には各ミ職有り。當に他事を以て辭と爲すべからずと。公言う、臣未だ命を受けざれば則ち猶お待從なり。事に於いて言う可からざるは無しと。安石起ちて事を視る。青苗法卒に罷まず。公も亦た卒に命を受けず。
-
『宋名臣言行録』後集巻七・司馬光講畢わりて坐を戸外に賜う。將に出でんとするに、上令して戸内に徙らしむ。左右皆避け去る。上曰く、朝廷一事を更むる毎に舉朝洶洶たるは何ぞやと。公曰く、青苗の出息は平民之を爲すすら、尚お能く下戸を蠶食して饑寒流離に至らしむ。况んや縣官の法令の威をやと。惠卿曰く、青苗法は願わば則ち之を與え、願わずんば強いざるなりと。公曰く、愚民は債を取るの利を知りて債を還すの害を知らず。獨り縣官の強いざるのみに非ず、富民も亦た強いざるなり。臣聞く、法を凉に作るも其の弊は猶お貪。法を貪に作らば、弊は將に之を如何せんと。
-
『宋名臣言行録』後集巻六・王安石公政を秉り天下の務めを更新す。而して宿德舊人の論議多く協わず。遂に新進を選用し、待するに不次を以てす。故に一時の政事は日ならずして皆舉がる。而して兩禁・臺閣・内外の要權は新進に非ざる莫し。三司の市易を論ずるに洎び、呂參政指して法を沮むと爲す。公信じて以て然りと爲し、堅く罷相を乞う。既に出づるに、呂嘉問・張諤公を持して泣く。公之を慰めて曰く、已に呂惠卿を薦めたりと。二子涙を收む。
-
『宋名臣言行録』後集巻一・韓琦上始めて公の疏を得て、意已に大いに悟り、亟かに寢罷せんと欲す。王安石疾を引きて告に在り。唯だ參政趙抃等對して、上の罷めんと欲するの意を論ず。抃乃ち曰く、此れ安石に主たり。更に安石の出づるを俟ちて之を議せんことを乞うと。安石既に出でて、之を執ること益ミ堅し。聞く者之を惜しむ。
-
『宋名臣言行録』後集巻六・王安石然れども公は一邑に行いて則ち可なるを知りて、天下に行いて不可なるを知らざるなり。又た遣わす所の新法の使者は皆刻薄の小人にして功利に急なり。遂に河を決して田と爲し、人の墳墓・室廬・膏腴の地を壞すこと勝げて紀す可からざるに至る。青苗は二分の利を取ると雖も、民の請納の費は十の七八に至る。又た公吏は民を冒し、新舊相い因りて、其の弊益ミ繁し。保甲・保馬は尤も害有り。天下騷然として休息するを得ず。蓋し祖宗の法一變せり。
-
『宋名臣言行録』後集巻九・蘇轍神宗位を嗣ぎて既に二年なり。治を求むること甚だ急なり。轍書を以て事を言う。即日延和殿に召對せらる。時に介甫新たに幸を得、執政を以て三司條例を領す。上轍を以て之が屬と爲す。敢えて辭せず。介甫急に財利を求めて本を知らず。呂惠卿之が謀主と爲る。轍事を議して牾うこと多し。