宋名臣言行録 / 後集巻五・唐介
孫參政抃為御史中丞薦公與吳中復為御史人或問曰聞君未嘗與二人相識而遽薦之何也孫答曰昔人恥呈身御史今豈求識面臺官也後二人皆以風力稱于天下孫晚年執政嘗嘆曰吾何功以輔政唯薦二臺官為無媿耳
新字:孫参政抃為御史中丞薦公与吳中復為御史人或問曰聞君未嘗与二人相識而遽薦之何也孫答曰昔人恥呈身御史今豈求識面台官也後二人皆以風力称于天下孫晩年執政嘗嘆曰吾何功以輔政唯薦二台官為無愧耳
書き下し
孫參政抃、御史中丞と爲り、公と吳中復とを薦めて御史と爲す。人或いは問いて曰く、聞くならく君は未だ嘗て二人と相い識らずして遽かに之を薦む。何ぞやと。孫答えて曰く、昔人は身を呈する御史を恥ず。今豈に面を識るを臺官に求めんやと。後に二人皆風力を以て天下に稱せらる。孫晚年執政となり、嘗て歎じて曰く、吾何の功ありて以て政を輔けん。唯だ二臺官を薦めしのみ愧づる無きなりと。
現代語訳
参政の孫抃は御史中丞となり、唐介と呉中復を推薦して御史とした。ある人が問うて言った。「聞くところでは、あなたはこの二人と面識がないのに、すぐに推薦されたとか。なぜですか」。孫抃は答えて言った。「昔の人は、自分から売り込みに来る御史を恥とした。いまどうして、顔見知りであることを御史台の官に求めようか」。後に二人はともに、その気骨によって天下に称えられた。孫抃は晩年に執政となり、かつて嘆じて言った。「私に何の功があって政を輔けたと言えよう。ただ二人の御史を推薦したことだけは、恥じるところがない」。
解説
面識のない相手を推薦した理由が、逆から述べられています。**昔の人は、自分から売り込みに来る御史を恥とした。**顔見知りになるということは、向こうが来たか、こちらが呼んだかのどちらかです。批判する職の人と親しくなっていること自体が、その職の値打ちを損なう。**いまどうして、顔見知りであることを御史台の官に求めようか。**そして晩年の述懐が、この人の物差しを示します。**ただ二人の御史を推薦したことだけは、恥じるところがない。**
この章句が説くこと
公と吳中復とを薦めて御史と為す君は未だ嘗て二人と相い識らずして遽かに之を薦む何ぞや昔人は身を呈する御史を恥ず今豈に面を識るを台官に求めんや唯だ二台官を薦めしのみ愧づる無きなり推薦面識
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