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宋名臣言行録 / 後集巻五・唐介

熙寧初富公弼曾公公亮為相公與趙公抃王荆公安石為參政是時荆公方得君鋭意新美天下之政自宰執同列無一人議論稍合而臺諌章疏攻擊者無虛日吕誨范純仁錢顗程顥之論尤極詆訾天下之人皆目為生事是時鄭公以病足魯公以年老引去公屢爭于上前不能勝未幾疽背死趙少師力不勝但終日歎息遇一事更改即聲苦者數十故當時謂中書有生老病死苦言介甫生明仲老彦國病子方死閲道苦也

新字:熙寧初富公弼曽公公亮為相公与趙公抃王荆公安石為参政是時荆公方得君鋭意新美天下之政自宰執同列無一人議論稍合而台諌章疏攻擊者無虚日呂誨范純仁銭顗程顥之論尤極詆訾天下之人皆目為生事是時鄭公以病足魯公以年老引去公屢争于上前不能勝未幾疽背死趙少師力不勝但終日嘆息遇一事更改即声苦者数十故当時謂中書有生老病死苦言介甫生明仲老彦国病子方死閲道苦也

書き下し

熙寧の初め、富公弼・曾公公亮相と爲り、公と趙公抃・王荊公安石と參政と爲る。是の時荊公方に君を得て、新たに天下の政を美しくするに鋭意す。宰執の同列より一人として議論の稍ミ合う者無く、而して臺諫の章疏の攻擊する者は虚日無し。呂誨・范純仁・錢顗・程顥の論は尤も詆訾を極む。天下の人皆目して生事と爲す。是の時、鄭公は足を病むを以て、魯公は年老を以て引き去る。公屢ミ上前に爭うも勝つ能わず、未だ幾ならずして疽を背に發して死す。趙少師は力勝えざるも但だ終日歎息するのみ。一事に遇いて更改すれば即ち苦を聲にする者數十。故に當時、中書に生老病死苦有りと謂う。介甫は生、明仲は老、彦國は病、子方は死、閲道は苦なり。

現代語訳

熙寧のはじめ、富弼と曾公亮が宰相となり、唐介と趙抃と王安石が参政となった。当時、王安石はちょうど天子の信任を得て、天下の政を新しく美しくすることに心を注いでいた。宰執の同僚のうち、一人として議論の少しでも合う者がなく、御史台と諫院の上疏で攻撃する者は絶える日がなかった。呂誨・范純仁・銭顗・程顥の議論は、とりわけ罵りを極めた。天下の人はみな、事を起こしていると見た。当時、富弼は足の病を理由に、曾公亮は年老いたことを理由に退き去った。唐介はたびたび天子の前で争ったが勝てず、ほどなく背中に腫れ物を発して死んだ。趙抃は力が及ばず、ただ一日中ため息をつくばかりであった。一つの事に出会って改められるたび、苦しみを声に出す者が数十人あった。だから当時、中書には生・老・病・死・苦があると言われた。王安石は生、曾公亮は老、富弼は病、唐介は死、趙抃は苦である。

解説

五人の宰執を、仏教の五苦になぞらえた渾名です。並べ方が残酷でした。**王安石は生、曾公亮は老、富弼は病、唐介は死、趙抃は苦である。**一人だけが生で、他の四人は老・病・死・苦。実際そのとおりに、二人が病と老を理由に去り、一人は背中の腫れ物で死に、一人はため息をついていました。攻撃の激しさも記録されています。**上疏で攻撃する者は絶える日がなかった。**改革の渦中で、上層が丸ごと消耗していく様子が一語に畳まれています。

この章句が説くこと

是の時荊公方に君を得て新たに天下の政を美しくするに鋭意す宰執の同列より一人として議論の稍ミ合う者無し台諫の章疏の攻擊する者は虚日無し故に当時中書に生老病死苦有りと謂う対立消耗

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