宋名臣言行録 / 後集巻五・唐介
公語諸子曰吾備位政府知無不言桃李固未嘗為汝等栽培而荆棘則甚多矣然汝等窮達莫不有命惟自勉而已
書き下し
公諸子に語りて曰く、吾政府に位を備え、知りて言わざる無し。桃李は固より未だ嘗て汝等の爲に栽培せず。而して荊棘は則ち甚だ多し。然れども汝等の窮達は命有らざる莫し。惟だ自ら勉むるのみと。
現代語訳
唐介は子たちに語って言った。「私は政府に位を占め、知っていて言わなかったことがない。桃や李は、もともとお前たちのために植えてこなかった。それでいて、茨のほうはたいそう多い。しかしお前たちが窮するも達するも、天命でないものはない。ただ自ら努めるだけだ」。
解説
直言を続けた人が、子に残したものを数えています。**桃や李は、もともとお前たちのために植えてこなかった。それでいて、茨のほうはたいそう多い。**桃李は後ろ盾になる人、茨は恨みを持つ人です。片方はゼロで、片方だけが多い。詫びてはいません。そうしてきた理由も前半に書いてあります。**知っていて言わなかったことがない。**そして子には、その帳尻を引き受けろとだけ言いました。**ただ自ら努めるだけだ。**
この章句が説くこと
吾政府に位を備え知りて言わざる無し桃李は固より未だ嘗て汝等の為に栽培せず而して荊棘は則ち甚だ多し然れども汝等の窮達は命有らざる莫し惟だ自ら勉むるのみ直言家族
関連する章句
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説苑・雜言子石、呉山に登りて四望し、喟然として歎息して曰く、「嗚呼悲しいかな。世に事情に明らかにして人心に合わざる者有り、人心に合いて事情に明らかならざる者有り」と。弟子問いて曰く、「何の謂いぞや」と。子石曰く、「昔者、呉王夫差、伍子胥の言を聴かず、忠を尽くし極めて諫めしも、目を抉られて辜せらる。太宰嚭・公孫雒は、偷かに合し苟くも容れられ、以て夫差の志に順いて呉を伐たしむ。二子は身を江湖に沈められ、頭は越の旗に懸けらる。昔者、費仲・惡來革・長鼻決耳、崇侯虎は紂の心に順い、意に合わんと欲せしも、武王紂を伐ちて、四子は身を牧野に死し、頭足所を異にす。比干は忠を尽くして心を剖かれて死す。今、事情を明らかにせんと欲すれば、目を抉られ心を剖かるるの禍い有らんことを恐れ、人心に合わんと欲すれば、頭足所を異にするの患い有らんことを恐る。是に由りて之を観れば、君子の道狭きのみ。誠に其の明主に逢わずんば、狭道の中、又将に危険閉塞して、従いて出づ可き無からんとす」と。
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尚書・太甲下言の汝の心に逆らう有らば必ず諸を道に求め、言の汝の志に遜う有らば必ず諸を非道に求めよ。
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呂氏春秋・貴直①賢主の貴ぶ所は士に如くは莫し。士を貴ぶ所以は、其の直言の為なり。言直なれば則ち枉れる者見ゆ。人主の患いは、枉れるを聞かんと欲して直言を惡む。是れ其の源を障ぎて其の水を欲するなり。水奚に自りてか至らん。是れ其の欲する所を賤しみて、其の惡む所を貴ぶなり。欲する所奚に自りてか來たらん。
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