宋名臣言行録 / 後集巻五・唐介
拜參政公自以進由直道感慨知遇益致所以事君之義純誠盡公多所獻替用人明言其才否不立恩不避怨與同列論政事反覆再三未嘗阿屈于祖宗法有所更近臣有所進退尤極其慎雖在帝前必究切辨析要是非之歸未嘗反顧帝于是益敬信之而天下翕然想望其風采
新字:拝参政公自以進由直道感慨知遇益致所以事君之義純誠尽公多所献替用人明言其才否不立恩不避怨与同列論政事反覆再三未嘗阿屈于祖宗法有所更近臣有所進退尤極其慎雖在帝前必究切弁析要是非之帰未嘗反顧帝于是益敬信之而天下翕然想望其風采
書き下し
參政を拜す。公自ら進むこと直道に由るを以て、感慨して遇を知り、益ミ君に事うるの義を致す。純誠盡公、獻替する所多し。人を用うるには明らかに其の才否を言い、恩を立てず怨を避けず。同列と政事を論ずるに反覆再三、未だ嘗て阿屈せず。祖宗の法に更むる所有り、近臣に進退する所有るに於いては、尤も其の慎を極む。帝の前に在りと雖も、必ず究め切りて辨析し、是非の歸を要む。未だ嘗て反顧せず。帝是に於いて益ミ敬信す。而して天下翕然として其の風采を想望す。
現代語訳
参政を拝命した。唐介は自分が真っすぐな道によって進んだことを思い、感慨して知遇に応え、いよいよ君に仕える義を尽くした。まことをもって公を尽くし、良いことは献じ良くないことを改めさせることが多かった。人を用いるにあたっては、はっきりとその才の有無を口にし、恩を売らず、怨みを避けなかった。同僚と政事を論じるときは繰り返し三度に及び、おもねって折れることがなかった。祖宗の法に改めるところがあるとき、天子の側近を進退させるときには、とりわけ慎重を極めた。天子の前にあっても、必ず突き詰めて論じ分け、是非の落ち着きどころを求めた。振り返って顧みることがなかった。天子はこれによっていよいよ敬い信じた。そして天下はこぞって、その風采を仰ぎ望んだ。
解説
人事についての一行が、この人の要約です。**はっきりとその才の有無を口にし、恩を売らず、怨みを避けなかった。**才があると言えば恩を着せられ、無いと言えば怨まれる。どちらも避けずに口にした、と。そのうえで、慎重にする場所は別に決めていました。**祖宗の法に改めるところがあるとき、天子の側近を進退させるときには、とりわけ慎重を極めた。**どこで押し切り、どこで慎むかが分かれています。押し切るときは徹底しました。**振り返って顧みることがなかった。**
この章句が説くこと
公自ら進むこと直道に由るを以て感慨して遇を知る人を用うるには明らかに其の才否を言い恩を立てず怨を避けず祖宗の法に更むる所有り近臣に進退する所有るに於いては尤も其の慎を極む必ず究め切りて弁析し是非の帰を要む未だ嘗て反顧せず人事公平
関連する章句
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廟堂忠告・任怨第六夫れ人臣たる者は、惟だ名を收めんと欲して敢えて怨みに任ぜざる、此れ不忠の尤も甚だしき者なり。廟堂の上に居りては、凡そ為す所有れば、惟だ當に之を揆るに義を以てすべし。義苟くも失わざれば、悠悠の言、奚ぞ恤えんや。今夫れ兩軍の交わり、兵刅(へいじん)前に叢がるも、心誠に報國する者は、尚お之を冐して顧みず。夫れ政に臨むと敵に臨むと、其の安危利害相距たること霄壤(しょうじょう)なるに、此れ猶お顧み惜しむ、抑も知らず、萬死一生の際に於て何如と為すか。昔范文正公、諸路の監司の人に非ざるを患え、選簿を視て不可なる者有れば、輒ち茟(ふで)もて之を勾す。或るひと謂う、「一茟退くれば一人、則ち是れ一家哭せん」と。公曰く、「一家哭するも、其れ一路を如何せん」と。嗚呼、是くの如く處心せば、斯ち宰相の職に負かざらん。大拞(たいてい)天下の事、易有り難有り、利有り害有り。難にして害有る者は、人多く辭避し、利にして行い易き者は、人多く忻然として以す。殊に知らず、官に長佐の分有り、體に勞逸の殊なる有り、長なる者は逸にして佐なる者は勞す、此れ天地の大義なり。朝廷を以て之を言えば、君上は逸にして臣下は勞す。一家を以て之を言えば、父母は逸にして子弟は勞す。一身を以て之を言えば、頭目は逸にして手足は勞す。嗚呼、人にして此れを知る者は、必ず君父を遺して以て憂えしめず、其の長を眾怨の地に措かざらん。近代執政為る者は、往往にして姑息好名、一たび疾言厲色すれば、敢て人に加えず、事或いは罪を犯せば、己の右に居る者を激まし之を發かしむ。嗚呼、夫れ家を治むるに父毋(ふぼ)をして其の勞に任ぜしめ、國家の為に君長をして其の怨に任ぜしむるは、尚お忠孝を為すを得んや。况んや罪有りて責めず、善有りて旌わさざれば、三代と雖も治を為す能わず。故に刑罰は用うるを患えず、直だ之を用いて公ならざるを患う。昔威公、伯氏の駢邑三百を奪うも、齒を沒うるまで怨言無く、諸葛孔眀、廖立を廢するも、立、亮の死を聞きて輒ち泣下る。宰相為る者誠に能く其の心を公にすること是くの如くならば、則ち天下服せざる者蔑からん。
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