宋名臣言行録 / 後集巻五・唐介
仁宗一日幸張貴妃閣見定州紅甆器帝怪問曰安得此物妃以王拱辰所獻為對帝怒曰嘗戒汝勿通臣僚饋遺不聴何也因以所持柱斧碎之妃愧謝乆之乃已妃又嘗侍宴於端門服所謂燈籠錦者上亦怪問妃曰彦博以陛下眷妾故有此獻上終不樂或云潞公夫人遺妃公不知也
新字:仁宗一日幸張貴妃閣見定州紅甆器帝怪問曰安得此物妃以王拱辰所献為対帝怒曰嘗戒汝勿通臣僚饋遺不聴何也因以所持柱斧砕之妃愧謝乆之乃已妃又嘗侍宴於端門服所謂灯籠錦者上亦怪問妃曰彦博以陛下眷妾故有此献上終不楽或云潞公夫人遺妃公不知也
書き下し
仁宗一日張貴妃の閣に幸し、定州の紅甆器を見る。帝怪しみ問いて曰く、安んぞ此の物を得たるやと。妃、王拱辰の獻ずる所を以て對う。帝怒りて曰く、嘗て汝に臣僚の饋遺を通ずる勿かれと戒む。聽かざるは何ぞやと。因りて持つ所の柱斧を以て之を碎く。妃愧謝すること久しくして乃ち已む。妃又た嘗て端門に侍宴し、所謂燈籠錦なる者を服す。上も亦た怪しみ問う。妃曰く、彦博は陛下の妾を眷むが故に此の獻有りと。上終に樂しまず。或いは云う、潞公の夫人妃に遺る。公は知らざるなりと。
現代語訳
仁宗はある日、張貴妃の部屋に行き、定州の紅い磁器を見た。天子は不審に思って問うた。「どうしてこの品を手に入れたのか」。妃は王拱辰が献上したものだと答えた。天子は怒って言った。「かつてお前に、臣下からの贈り物を通すなと戒めた。従わないのはなぜか」。そこで手にしていた柱斧でこれを砕いた。妃は長く恥じて詫び、ようやく収まった。妃はまたかつて端門で宴に侍り、いわゆる燈籠錦というものを着ていた。天子もまた不審に思って問うた。妃は言った。「彦博が陛下の妾を大切に思ってくださっているので、この献上があったのです」。天子は終始楽しまなかった。ある説では、潞公の夫人が妃に贈ったもので、文彦博は知らなかったのだ、という。
解説
前の条で唐介が名指しした燈籠錦の、背景です。器を砕いた場面が生々しい。**手にしていた柱斧でこれを砕いた。**説教ではなく、その場で物をなくしています。これがあるので、次の燈籠錦のときの反応が短く済みました。**天子は終始楽しまなかった。**そして編者は、断定していません。**ある説では、潞公の夫人が妃に贈ったもので、文彦博は知らなかったのだ、という。**弾劾された側に有利な異説を、削らずに並べて置いています。
この章句が説くこと
帝怪しみ問いて曰く安んぞ此の物を得たるや嘗て汝に臣僚の饋遺を通ずる勿かれと戒む聴かざるは何ぞや因りて持つ所の柱斧を以て之を砕く或いは云う潞公の夫人妃に遺る公は知らざるなり贈答宮中
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