宋名臣言行録 / 後集巻四・劉敞
知制誥陳丞相以脩注未一月為言上曰此豈計官資日月耶公謝日上又面諭曰外間事有不便當一一語朕也無㡬何朝廷從禮院有所詢問禮生擅發印狀以報禮官莫知知禮院事吳充謫罰禮生而坐以出官公奏以謂朝廷久安吏習因循百司庶府茍且巳甚稍激厲振作未知如何而充以此得罪豈不傷事害政請追止前命
新字:知制誥陳丞相以脩注未一月為言上曰此豈計官資日月耶公謝日上又面諭曰外間事有不便当一一語朕也無㡬何朝廷従礼院有所詢問礼生擅発印状以報礼官莫知知礼院事呉充謫罰礼生而坐以出官公奏以謂朝廷久安吏習因循百司庶府苟且巳甚稍激厲振作未知如何而充以此得罪豈不傷事害政請追止前命
書き下し
知制誥たり。陳丞相、脩注未だ一月ならざるを以て言を爲す。上曰く、此れ豈に官資日月を計らんやと。公謝するの日、上又た面ミ諭して曰く、外間の事に便ならざる有らば、當に一一朕に語るべしと。幾ばく無くして朝廷禮院に從いて詢問する所有り。禮生擅に印狀を發して以て報ず。禮官知る莫し。知禮院事吳充、禮生を謫罰して、而して坐して以て官を出さる。公奏して以爲えらく、朝廷久しく安んじて吏は因循に習う。百司庶府は苟且已に甚だし。稍ミ激厲振作して未だ如何を知らず。而して充此を以て罪を得るは、豈に事を傷つけ政を害せざらんや。前命を追止せんことを請うと。
現代語訳
知制誥となった。陳丞相は、起居注を修めてまだ一か月に満たないことを問題にした。天子は言った。「これがどうして官の資格や在職の日数を数えるものであろうか」。劉敞が礼を述べた日、天子はまた面と向かって諭して言った。「外の世界の事で不都合があれば、一つ一つ朕に語るがよい」。ほどなく、朝廷が礼院に諮問することがあった。礼生が勝手に押印した文書を出して回答した。礼官は知らなかった。知礼院事の呉充は礼生を処罰し、そのうえで自分も連座して官を出された。劉敞は上奏して述べた。「朝廷は長く安穏で、役人はなりゆき任せに慣れております。諸官庁のいい加減さは、すでにひどいものです。少し奮い立たせて引き締めても、どうなるか分かりません。それなのに呉充がこれによって罪を得るのは、事を損ない政を害することではありませんか。先の命令を取り消していただきたい」。
解説
この章句が説くこと
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