宋名臣言行録 / 後集巻四・王素
公言王徳用進女口事帝初詰以宫禁事何從知公不屈帝笑曰朕真宗之子卿王旦之子有世舊豈他人比徳用實進女口巳服事朕左右何如公曰臣之憂正恐在陛下左右耳帝即命宫臣賜王徳用所進女口錢各三百千押出内東門訖奏帝泣下公曰陛下既不棄臣言亦何遽也帝曰朕若見其人留戀不肯去恐亦不能出矣少時宫官奏聞女巳出内東門帝動容而起
新字:公言王徳用進女口事帝初詰以宫禁事何従知公不屈帝笑曰朕真宗之子卿王旦之子有世旧豈他人比徳用実進女口巳服事朕左右何如公曰臣之憂正恐在陛下左右耳帝即命宫臣賜王徳用所進女口銭各三百千押出内東門訖奏帝泣下公曰陛下既不棄臣言亦何遽也帝曰朕若見其人留恋不肯去恐亦不能出矣少時宫官奏聞女巳出内東門帝動容而起
書き下し
公、王德用の女口を進むる事を言う。帝初め詰るに宮禁の事何より知るかを以てす。公屈せず。帝笑いて曰く、朕は眞宗の子、卿は王旦の子。世舊有り。豈に他人の比ならんや。德用は實に女口を進む。已に朕の左右に服事す。何如と。公曰く、臣の憂うるは、正に陛下の左右に在るを恐るるのみと。帝即ち宮臣に命じて、王德用の進むる所の女口に錢各三百千を賜い、内東門を押し出さしむ。訖わりて奏す。帝涕下る。公曰く、陛下既に臣の言を棄てず。亦た何ぞ遽かなるやと。帝曰く、朕若し其の人を見ば、留戀して去るを肯んぜざらん。恐らくは亦た出だす能わざらんと。少時、宮官奏聞す。女已に内東門を出づと。帝容を動かして起つ。
現代語訳
王素は、王徳用が女を献上した件について言った。天子ははじめ、宮中のことをどこから知ったのかと詰った。王素は屈しなかった。天子は笑って言った。「朕は真宗の子、卿は王旦の子である。代々のよしみがある。どうして他人と同じであろうか。徳用は確かに女を献上した。すでに朕の側に仕えている。どうか」。王素は言った。「臣が憂えているのは、まさに陛下のお側にいることを恐れているからです」。天子はただちに宮中の臣に命じて、王徳用が献上した女たちに銭を三百千ずつ与え、内東門から押し出させた。終わってから奏上した。天子は涙を流した。王素は言った。「陛下はすでに臣の言葉を捨てられませんでした。それにしても、何をそう急がれるのですか」。天子は言った。「朕がもしその者を見れば、名残惜しくて去らせられないだろう。おそらく出すこともできなくなる」。しばらくして、宮官が奏上した。女はすでに内東門を出た、と。天子は顔色を変えて立ち上がった。
解説
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『宋名臣言行録』後集巻四・王素仁宗方に政事に情を留め、得失を聞かんことを思い、親しく諫官を除す。而して歐・余・王・蔡相次いで進用せらる。公嘗て言う、禮部の士を取るに行實を詢采せず、文辭を顧みるのみ。漫漶にして以て務に應ずるに足らず。郡國に學を置き、明師を擇びて經術を通知せしめんことを請う。稍ミ三代の里選の法に近からんと。景德以來、今を較ぶるに内外の無名の費は前に數倍す。官を三司に置き、一歳の入る所を量り、其の用の急に非ざる者は皆省き去らんことを請う。會ミ皇子生まれ、議して赦に因りて百官の官を進め、大いに諸軍に賞賚せんとす。公又た言う、方に元昊叛き、契丹しばしば求むる所有り。縣官の財用足らず。宜しく金繒を留めて以て邊費を佐け、官爵を一にして以て戰勞に賞すべしと。其の議公の爲に止む。仁宗天章閣に御し、手詔を出して兩府の大臣に治を興し□を革むるの方を問う。公又た時政の姑息十餘事を疏す。皆人の言い難き所の者なり。
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『宋名臣言行録』前集巻二・王旦真宗臨御すること歳乆しく、中外虞れ無し。羣臣と燕語す。或ひと勸むるに聲妓を以て自ら樂しむを以てす。公の性は儉約にして、初め姬侍無し。其の家、二直省官を以て錢を治む。上、内東門司をして二人の者を呼び、限を責めて相公の為に妾を買わしめ、仍りて銀三千兩を賜う。二人歸りて以て公に吿ぐ。公樂しまず。然れども上㫖に逆らい難く、遂に之を聴す。葢し公自ら是れより始めて衰う。數歳にして館舍を捐つ。初め沈倫の家破る。其の子孫、銀器を鬻ぐ。皆な錢塘の錢氏が昔、中朝の將相に遺りし所の花籃・火筩の類にして、家人の有する所に非ず。直省官、沈氏と議し、止だ銀を以て之に易う。具さに公に白す。公嚬蹙して曰く、吾が家、安んぞ此を用いんと。其の後、姬妾既に具わり、乃ち二人を呼びて問う、昔、沈氏の作りし器、尚お再び求む可きや否やと。二人謝して曰く、向に私かに銀を以て之に易う。今、見に在りと。公喜びて之を用うること素より有るがごとし。聲色の人を移すこと此くの如し。
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『宋名臣言行録』後集巻四・王素明日、特に公を召して以て從わしむ。日色甚だ熾んに、埃霧天に漲る。帝の玉色怡ばず。瓊林苑に至り、囘り望むに西太乙宮の上に雲氣の香煙の如きありて以て起こる。少時、雷電雨甚だしきに至る。帝逍遥輦を卻けて平輦に御し、蓋を撒して宮に還る。又た明日、公を召して對せしむ。帝喜びて曰く、朕は卿より雨を得たり。幸甚なりと。又た曰く、昨、殿廷に即きて雨立して拜し、生龍腦香十七斤を焚く。中夜に至り、擧體盡く濕うと。公曰く、陛下の天に事うるは當に恭畏すべし。然れども陰氣は以て疾を致すに足る。亦た當に慎むべしと。帝曰く、雨ふらざるを念い、自ら身を以て犧牲と爲さんと欲す。何ぞ慎まんやと。
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『宋名臣言行録』前集巻二・王旦王曽・張知白・陳彭年、政事に參預す。因りて公に白して曰く、事を奏する毎に、其の間に上覽を經ざる者有り。公但だ㫖を批して奉行す。恐らくは人之を言いて以て不可と為さんと。公遜謝するのみ。一日、奏對して公退く。諸公身を留む。上驚きて曰く、何の事有りて王旦と同に来らざるやと。諸公前説を以て對う。上曰く、旦は朕が左右に在ること多年なり。朕之を察するに毫髪の私無し。東封より後、朕諭すに小事は一面奉行するを以てす。卿等當に謹みて之を奉ずべしと。諸公退きて愧謝す。公曰く、向に諭及を䝉る。自ら上㫖を得たりと言う可からず。然れども今後更に諸公の規益を賴らんと。
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『宋名臣言行録』後集巻四・王素慶暦中、京師旱す。公諫官と爲り、親しく行きて雨を禱らんことを乞う。帝曰く、太史言う、月の二日當に雨ふるべしと。一日に出でて禱らんと欲すと。公曰く、臣は太史に非ず。然れども是の日は必ず雨ふらじと。帝故を問う。公曰く、陛下は其の當に雨ふるべきに幸いて以て禱らる。誠ならざるなり。誠ならずんば天を動かす可からず。臣故に雨ふらざるを知ると。帝曰く、明日醴泉觀に禱らんと。公曰く、醴泉の近きは猶お外朝のごとし。豈に暑を憚りて遠く出でざるかと。帝は意動けば則ち耳赤し。耳已に盡く赤く、厲聲して曰く、當に西太乙宮に禱るべしと。公曰く、乞う、旨を傳えよと。帝曰く、車駕の郊に出づるは預め告げず。卿は典故を知らずと。公曰く、國初は非常を虞る。今久しく太平なり。預め告ぐるも但だ百姓の清光を瞻望する者衆きのみ。虞る無きなり。諫官故に扈從せずと。
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『宋名臣言行録』前集巻五・魯宗道仁宗、東宫に在り。公、諭徳と為る。其の居に酒肆の側に在る有り。仁和酒と號し、京師に名有り。公、往往にして服を易えて㣲行し、其の中に飲む。一日、真宗急に公を召す。將に問う所有らんとす。使者、門に及ぶも公在らず。時を移して乃ち仁和肆の中より飲みて歸る。中使遽かに先ず入りて白す。乃ち公と約して曰く、上、若し公の来たるの遲きを怪しまば、當に何事に託して以て對うべき。幸わくは先ず教を見よ。異同ならざるを兾うと。公曰く、但だ實を以て告げよと。曰く、然らば則ち當に罪を得べしと。公曰く、酒を飲むは人の常情なり。君を欺くは臣子の大罪なりと。中使嗟歎して去る。真宗果たして問う。使者、具さに公の對うるが如くす。真宗、何の故に私かに酒家に入るかを問う。公謝して曰く、臣が家貧しく器皿無し。酒肆は百物具備し、賔至れば歸るが如し。適ま鄉里の親客の逺きより来たる有り。遂に之と飲む。然れども臣既に服を易う。市人も亦た臣を識る者無しと。真宗笑いて曰く、卿は宫臣為り。恐らくは御史の彈ずる所と為らんと。然れども此れより公を竒として以て忠實にして大いに用う可しと為す。晚年、毎に章獻の為に、羣臣の大いに用う可き者數人を言う。公は其の一なり。後、章獻皆な之を用う。