宋名臣言行録 / 前集巻二・王旦
真宗臨御嵗乆中外無虞與羣臣燕語或勸以聲妓自樂公性儉約初無姬侍其家以二直省官治錢上使内東門司呼二人者責限為相公買妾仍賜銀三千兩二人歸以吿公公不樂然難逆上㫖遂聴之葢公自是始衰數嵗而捐館舍初沈倫家破其子孫鬻銀器皆錢塘錢氏昔以遺中朝將相者花籃火筩之類非家人所有直省官與沈氏議止以銀易之具白于公公嚬蹙曰吾家安用此其後姬妾既具乃呼二人問昔沈氏作器尚再可求否二人謝曰向私以銀易之今見在也公喜用之如素有聲色之移人如此
新字:真宗臨御歳乆中外無虞与羣臣燕語或勧以声妓自楽公性倹約初無姬侍其家以二直省官治銭上使内東門司呼二人者責限為相公買妾仍賜銀三千両二人帰以吿公公不楽然難逆上旨遂聴之葢公自是始衰数歳而捐館舎初沈倫家破其子孫鬻銀器皆銭塘銭氏昔以遺中朝将相者花籃火筩之類非家人所有直省官与沈氏議止以銀易之具白于公公嚬蹙曰吾家安用此其後姬妾既具乃呼二人問昔沈氏作器尚再可求否二人謝曰向私以銀易之今見在也公喜用之如素有声色之移人如此
書き下し
真宗臨御すること歳乆しく、中外虞れ無し。羣臣と燕語す。或ひと勸むるに聲妓を以て自ら樂しむを以てす。公の性は儉約にして、初め姬侍無し。其の家、二直省官を以て錢を治む。上、内東門司をして二人の者を呼び、限を責めて相公の為に妾を買わしめ、仍りて銀三千兩を賜う。二人歸りて以て公に吿ぐ。公樂しまず。然れども上㫖に逆らい難く、遂に之を聴す。葢し公自ら是れより始めて衰う。數歳にして館舍を捐つ。初め沈倫の家破る。其の子孫、銀器を鬻ぐ。皆な錢塘の錢氏が昔、中朝の將相に遺りし所の花籃・火筩の類にして、家人の有する所に非ず。直省官、沈氏と議し、止だ銀を以て之に易う。具さに公に白す。公嚬蹙して曰く、吾が家、安んぞ此を用いんと。其の後、姬妾既に具わり、乃ち二人を呼びて問う、昔、沈氏の作りし器、尚お再び求む可きや否やと。二人謝して曰く、向に私かに銀を以て之に易う。今、見に在りと。公喜びて之を用うること素より有るがごとし。聲色の人を移すこと此くの如し。
現代語訳
真宗が位に就いて年久しく、内も外も憂いが無かった。群臣と打ち解けて語った。ある者が、音楽や妓女で楽しんではどうかと勧めた。公の性質は倹約で、はじめは側女を置いていなかった。その家では二人の直省官が金銭を扱っていた。帝は内東門司にその二人を呼ばせ、期限を切って相公のために妾を買うよう命じ、そのうえ銀三千両を賜った。二人は帰って公に告げた。公は楽しまなかった。しかし上意に逆らいがたく、そのまま許した。思うに、公はこれ以後しだいに衰えた。数年で世を去っている。かつて沈倫の家が没落した。その子孫が銀器を売った。みな銭塘の銭氏が昔、朝廷の将相に贈った花籠や火筒の類で、家人の持てるようなものではなかった。直省官は沈氏と談判して、ただ銀と交換した。詳しく公に申し上げた。公は眉をひそめて言った。「わが家がどうしてこんなものを使おうか」。その後、側女がそろってから、二人を呼んで尋ねた。「昔、沈氏が作らせた器は、まだもう一度手に入るか」。二人は詫びて言った。「先に内々に銀と交換しております。いま手元にございます」。公は喜んでそれを使い、もとから持っていたかのようであった。音楽や女色が人を移してしまうことは、このようである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『宋名臣言行録』後集巻四・王素公、王德用の女口を進むる事を言う。帝初め詰るに宮禁の事何より知るかを以てす。公屈せず。帝笑いて曰く、朕は眞宗の子、卿は王旦の子。世舊有り。豈に他人の比ならんや。德用は實に女口を進む。已に朕の左右に服事す。何如と。公曰く、臣の憂うるは、正に陛下の左右に在るを恐るるのみと。帝即ち宮臣に命じて、王德用の進むる所の女口に錢各三百千を賜い、内東門を押し出さしむ。訖わりて奏す。帝涕下る。公曰く、陛下既に臣の言を棄てず。亦た何ぞ遽かなるやと。帝曰く、朕若し其の人を見ば、留戀して去るを肯んぜざらん。恐らくは亦た出だす能わざらんと。少時、宮官奏聞す。女已に内東門を出づと。帝容を動かして起つ。
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『宋名臣言行録』前集巻二・李沆真宗初めて即位す。沆相と為り、王旦參政たり。沆、日々に四方の水旱・盗賊を取りて之を奏す。旦以て細事にして上聴を煩わすに足らずと為す。沆曰く、人主は少年なり。長えに四方の艱難を知らしめよ。然らずんば、血氣方に剛にして、聲色犬馬に意を留めざれば、則ち土木・甲兵・禱祠の事作らん。吾れ老いて此を見るに及ばず。參政の他日の憂いなりと。旦の親しく王欽若・丁謂等の為す所を見るに及び、諌めんと欲すれば則ち業已に之を同じくす。去らんと欲すれば則ち上の之を遇すること厚く、去るに忍びず。乃ち歎じて曰く、李文靖は真の聖人なりと。
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『宋名臣言行録』後集巻六・王安石司馬溫公、龐穎公に從いて辟せられて太原府通判と爲る。尚お未だ子有らず。夫人爲に一妾を買う。公殊に顧みず。夫人忌む所有るかと疑う。一日、其の妾に教えて、我が出づるを俟ちて汝自ら飾り書院の中に至れと。公の一顧を冀うなり。妾其の言の如くす。公訝りて曰く、夫人出づ。汝安んぞ此に至るを得たるやと。亟かに之を遣る。穎公之を知り、僚屬に對して其の賢を咨す。二公は聲色を好まず、官職を愛せず、貨利を殖やさざること皆同じ。平生相い善し。新法を論ずるに至りて合わず、始めて書を著して交わりを絶つ。
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『宋名臣言行録』前集巻五・魯宗道仁宗、東宫に在り。公、諭徳と為る。其の居に酒肆の側に在る有り。仁和酒と號し、京師に名有り。公、往往にして服を易えて㣲行し、其の中に飲む。一日、真宗急に公を召す。將に問う所有らんとす。使者、門に及ぶも公在らず。時を移して乃ち仁和肆の中より飲みて歸る。中使遽かに先ず入りて白す。乃ち公と約して曰く、上、若し公の来たるの遲きを怪しまば、當に何事に託して以て對うべき。幸わくは先ず教を見よ。異同ならざるを兾うと。公曰く、但だ實を以て告げよと。曰く、然らば則ち當に罪を得べしと。公曰く、酒を飲むは人の常情なり。君を欺くは臣子の大罪なりと。中使嗟歎して去る。真宗果たして問う。使者、具さに公の對うるが如くす。真宗、何の故に私かに酒家に入るかを問う。公謝して曰く、臣が家貧しく器皿無し。酒肆は百物具備し、賔至れば歸るが如し。適ま鄉里の親客の逺きより来たる有り。遂に之と飲む。然れども臣既に服を易う。市人も亦た臣を識る者無しと。真宗笑いて曰く、卿は宫臣為り。恐らくは御史の彈ずる所と為らんと。然れども此れより公を竒として以て忠實にして大いに用う可しと為す。晚年、毎に章獻の為に、羣臣の大いに用う可き者數人を言う。公は其の一なり。後、章獻皆な之を用う。
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『宋名臣言行録』前集巻二・王旦王曽・張知白・陳彭年、政事に參預す。因りて公に白して曰く、事を奏する毎に、其の間に上覽を經ざる者有り。公但だ㫖を批して奉行す。恐らくは人之を言いて以て不可と為さんと。公遜謝するのみ。一日、奏對して公退く。諸公身を留む。上驚きて曰く、何の事有りて王旦と同に来らざるやと。諸公前説を以て對う。上曰く、旦は朕が左右に在ること多年なり。朕之を察するに毫髪の私無し。東封より後、朕諭すに小事は一面奉行するを以てす。卿等當に謹みて之を奉ずべしと。諸公退きて愧謝す。公曰く、向に諭及を䝉る。自ら上㫖を得たりと言う可からず。然れども今後更に諸公の規益を賴らんと。
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『宋名臣言行録』前集巻二・王旦公、家人の服飾の過ぐるに似たるを見る毎に、即ち目を瞑じて曰く、吾が門の素風も亦た此に至るかと。亟かに減損せしむ。故に家人或いは一衣の稍や華なる有らば、必ず車中に于いて之を易え、敢えて公をして見せしめず。