宋名臣言行録 / 前集巻五・魯宗道
仁宗在東宫公為諭徳其居有酒肆在側號仁和酒有名於京師公往往易服㣲行飲于其中一日真宗急召公將有所問使者及門而公不在移時乃自仁和肆中飲歸中使遽先入白乃與公約曰上若怪公来遲當託何事以對幸先見教兾不異同公曰但以實告曰然則當得罪公曰飲酒人之常情欺君臣子之大罪也中使嗟歎而去真宗果問使者具如公對真宗問何故私入酒家公謝曰臣家貧無器皿酒肆百物具備賔至如歸適有鄉里親客自逺来遂與之飲然臣既易服市人亦無識臣者真宗笑曰卿為宫臣恐為御史所彈然自此竒公以為忠實可大用晚年每為章獻言羣臣可大用者數人公其一也後章獻皆用之
新字:仁宗在東宫公為諭徳其居有酒肆在側号仁和酒有名於京師公往往易服㣲行飲于其中一日真宗急召公将有所問使者及門而公不在移時乃自仁和肆中飲帰中使遽先入白乃与公約曰上若怪公来遅当託何事以対幸先見教兾不異同公曰但以実告曰然則当得罪公曰飲酒人之常情欺君臣子之大罪也中使嗟嘆而去真宗果問使者具如公対真宗問何故私入酒家公謝曰臣家貧無器皿酒肆百物具備賔至如帰適有鄉里親客自遠来遂与之飲然臣既易服市人亦無識臣者真宗笑曰卿為宫臣恐為御史所弾然自此奇公以為忠実可大用晩年毎為章献言羣臣可大用者数人公其一也後章献皆用之
書き下し
仁宗、東宫に在り。公、諭徳と為る。其の居に酒肆の側に在る有り。仁和酒と號し、京師に名有り。公、往往にして服を易えて㣲行し、其の中に飲む。一日、真宗急に公を召す。將に問う所有らんとす。使者、門に及ぶも公在らず。時を移して乃ち仁和肆の中より飲みて歸る。中使遽かに先ず入りて白す。乃ち公と約して曰く、上、若し公の来たるの遲きを怪しまば、當に何事に託して以て對うべき。幸わくは先ず教を見よ。異同ならざるを兾うと。公曰く、但だ實を以て告げよと。曰く、然らば則ち當に罪を得べしと。公曰く、酒を飲むは人の常情なり。君を欺くは臣子の大罪なりと。中使嗟歎して去る。真宗果たして問う。使者、具さに公の對うるが如くす。真宗、何の故に私かに酒家に入るかを問う。公謝して曰く、臣が家貧しく器皿無し。酒肆は百物具備し、賔至れば歸るが如し。適ま鄉里の親客の逺きより来たる有り。遂に之と飲む。然れども臣既に服を易う。市人も亦た臣を識る者無しと。真宗笑いて曰く、卿は宫臣為り。恐らくは御史の彈ずる所と為らんと。然れども此れより公を竒として以て忠實にして大いに用う可しと為す。晚年、毎に章獻の為に、羣臣の大いに用う可き者數人を言う。公は其の一なり。後、章獻皆な之を用う。
現代語訳
仁宗が東宮にいたころ、公はその教育係であった。その住まいのそばに酒屋があった。仁和酒といって、都で名が知られていた。公はしばしば服を着替えて忍びで出かけ、そこで飲んだ。ある日、真宗が急に公を召した。何か尋ねることがあったのである。使者が門まで来たが公はいなかった。しばらくして仁和酒の店から飲んで帰ってきた。宦官の使者は急いで先に入って告げた。そして公と申し合わせて言った。「主上がもし遅れて来たのを怪しまれたら、何のせいにしてお答えすればよいでしょう。どうか先に教えてください。食い違わないようにしたいのです」。公は言った。「ただ事実のとおりに告げよ」。「そうなれば罪を得ましょう」と言った。公は言った。「酒を飲むのは人の常の情だ。君を欺くのは臣下の大罪だ」。宦官は嘆じて去った。真宗ははたして尋ねた。使者は公が答えたとおりに述べた。真宗は、なぜひそかに酒屋に入るのかと問うた。公は詫びて言った。「臣の家は貧しく器の類がありません。酒屋は何もかも揃っていて、客が来れば我が家のようにくつろげます。ちょうど郷里の親しい客が遠方から来ておりました。それで一緒に飲んだのです。ただ臣は服を着替えておりました。町の人にも臣だと分かる者はおりません」。真宗は笑って言った。「卿は東宮の臣である。御史に弾劾されるのを恐れる」。しかしこれ以後、公を非凡だとし、忠実で大いに用いるべき人物だと考えた。晩年、そのつど章献太后に、群臣で大いに用いるべき者を数人挙げた。公はその一人であった。後に章献はみなそれを用いた。
解説
この章句が説くこと
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『宋名臣言行録』前集巻五・魯宗道公、正言と為る。事に違誤有れば風聞して彈疏す。真宗、稍や之を厭う。公、一日、自ら上前に訟えて曰く、臣、諌列に在りて諌むるは、職を守るなり。陛下、數を以て之を厭わば、豈に納諌の虛名を事とし、臣をして尸素して禄を茍くせしむるに非ずや。臣、竊かに之を媿ず。願わくは罷め去るを得んと。上、其の忠を悦び、慰勉して以て遣る。他日、其の言を追念し、御筆もて殿壁に題して曰く、魯直と。
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『宋名臣言行録』前集巻二・王旦真宗臨御すること歳乆しく、中外虞れ無し。羣臣と燕語す。或ひと勸むるに聲妓を以て自ら樂しむを以てす。公の性は儉約にして、初め姬侍無し。其の家、二直省官を以て錢を治む。上、内東門司をして二人の者を呼び、限を責めて相公の為に妾を買わしめ、仍りて銀三千兩を賜う。二人歸りて以て公に吿ぐ。公樂しまず。然れども上㫖に逆らい難く、遂に之を聴す。葢し公自ら是れより始めて衰う。數歳にして館舍を捐つ。初め沈倫の家破る。其の子孫、銀器を鬻ぐ。皆な錢塘の錢氏が昔、中朝の將相に遺りし所の花籃・火筩の類にして、家人の有する所に非ず。直省官、沈氏と議し、止だ銀を以て之に易う。具さに公に白す。公嚬蹙して曰く、吾が家、安んぞ此を用いんと。其の後、姬妾既に具わり、乃ち二人を呼びて問う、昔、沈氏の作りし器、尚お再び求む可きや否やと。二人謝して曰く、向に私かに銀を以て之に易う。今、見に在りと。公喜びて之を用うること素より有るがごとし。聲色の人を移すこと此くの如し。
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『宋名臣言行録』前集巻四・冦凖天禧の末、真宗、疾に寢す。章獻太后、漸く朝政に預る。上の意、平らかなる能わず。公、此の意を探り、遂に章獻を廢して仁宗を立て、真廟を尊びて太上皇と為し、而して丁謂・曹利用等を誅せんと欲す。是に於て李迪・楊億・曹瑋・盛度・李遵朂等を引きて協力して處畫す。已に定まる。凡そ誥命は盡く億をして之を為さしむ。且に事を舉げんとす。㑹々公、醉いに因りて言を漏らす。人の馳せて謂に報ずる有り。謂、夜、犢車に乘りて利用の家に往きて之を謀る。明日、利用入りて盡く公の謀る所を以て太皇に白す。遂に詔を矯めて公の政事を罷む。真宗の上仙するに及び、遂に公を指して反と為して海上に投ず。其の事、上官儀に類する者有り。天下之を寃とす。億、死に臨み、當時為る所の詔誥及び始末の事迹を取りて遵朂に付して之を收めしむ。章獻上仙し、遵朂乃ち億の留むる所の書を抱きて仁宗に進呈す。及び本末を叙陳す。仁宗、盡く當日の曲直を見て感嘆再三す。遂に詔を下して其の寃を湔滌し、中書令を贈り、謚して忠愍と曰う。
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『宋名臣言行録』前集巻五・李迪真宗豫まず。大漸の夕、公と宰執と、祈禳を以て内殿に宿す。時に仁宗幼冲なり。八大王元儼なる者、威名有り。疾を問うを以て禁中に留まること累日、出づるを肯んぜず。執政之を患う。以て計を為す無し。偶ま翰林司、金盂を以て熟水を貯う。曰く、王の須むる所なりと。公、案上の墨筆を取りて水中を攪すに盡く黑し。持ち去らしむ。王之を見て大いに驚く。其の毒有るを意うなり。即ち馬に上りて去る。
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『宋名臣言行録』後集巻四・胡宿詳議官闕く。院を判ずる者は當に人を擇びて上に薦むべし。公と同列と二人を得たり。一人なる者は河北に税を監し、水災を以て課を虧く。同列議して曰く、課を虧くは小失なり。上に白して以て才を累するに足らずと。公不可とす。上前に至りて悉く之を白す。且つ曰く、此の人は小さき累あり。才は惜しむに足ると。仁宗曰く、果たして才を得ば、小さき累は何ぞ恤えんやと。遂に詳議官を除す。同列退きて公を誚りて曰く、詳議は人を得んと欲す。公は苦だ上に白せんと欲す。是に縁りて得ずんば奈何せんと。公曰く、彼の得ると得ざるとは一詳議官のみ。是れ固より亦た命有るなり。宿は誠を以て主に事う。今白首なり。絲髮も君を欺きて平生の節に負くに忍びず。之が爲に開陳して、主上の自ら擇ぶに聽かしむるのみと。同列驚きて曰く、某公に從うこと久し。乃ち公の存する所の此くの如きを知らざりきと。
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『宋名臣言行録』前集巻一・曹彬太祖始め周の世宗に澶州に事う。彬、世宗の親吏と為りて茶酒を掌る。太祖嘗て從いて酒を求む。彬曰く、此れ官酒なり、敢えて相い與えずと。自ら酒を沽いて以て飲ましむ。太祖既に即位し、羣臣に語りて曰く、世宗の舊吏、其の主を欺かざる者は獨り曹彬のみと。是に由りて委ぬるに腹心を以てし、蜀を征するの軍を監せしむ。