宋名臣言行録 / 後集巻四・王素
明日特召公以從日色甚熾埃霧漲天帝玉色不怡至瓊林苑囬望西太乙宫上有雲氣如香煙以起少時雷電雨甚至帝却逍遥輦御平輦撒蓋還宫又明日召公對帝喜曰朕自卿得雨幸甚又曰昨即殿廷雨立拜焚生龍腦香十七斤至中夜舉體盡濕公曰陛下事天當恭畏然隂氣足以致疾亦當慎帝曰念不雨欲自以身為犧牲何慎也
新字:明日特召公以従日色甚熾埃霧漲天帝玉色不怡至瓊林苑囬望西太乙宫上有雲気如香煙以起少時雷電雨甚至帝却逍遥輦御平輦撒蓋還宫又明日召公対帝喜曰朕自卿得雨幸甚又曰昨即殿廷雨立拝焚生竜脳香十七斤至中夜舉体尽湿公曰陛下事天当恭畏然陰気足以致疾亦当慎帝曰念不雨欲自以身為犠牲何慎也
書き下し
明日、特に公を召して以て從わしむ。日色甚だ熾んに、埃霧天に漲る。帝の玉色怡ばず。瓊林苑に至り、囘り望むに西太乙宮の上に雲氣の香煙の如きありて以て起こる。少時、雷電雨甚だしきに至る。帝逍遥輦を卻けて平輦に御し、蓋を撒して宮に還る。又た明日、公を召して對せしむ。帝喜びて曰く、朕は卿より雨を得たり。幸甚なりと。又た曰く、昨、殿廷に即きて雨立して拜し、生龍腦香十七斤を焚く。中夜に至り、擧體盡く濕うと。公曰く、陛下の天に事うるは當に恭畏すべし。然れども陰氣は以て疾を致すに足る。亦た當に慎むべしと。帝曰く、雨ふらざるを念い、自ら身を以て犧牲と爲さんと欲す。何ぞ慎まんやと。
現代語訳
翌日、特に王素を召して供をさせた。日差しはたいそう強く、砂ぼこりが天に満ちていた。天子の顔色は晴れなかった。瓊林苑に着き、振り返って望むと、西太乙宮の上に香の煙のような雲気が立ち上っていた。ほどなく、雷が鳴り雨が激しく降った。天子はゆったりした輦を退けて平らな輦に乗り、覆いを外して宮に戻った。さらに翌日、王素を召して対面させた。天子は喜んで言った。「朕は卿のおかげで雨を得た。まことに幸いである」。またこう言った。「昨日、宮廷の庭で雨の中に立って拝み、龍脳香を十七斤焚いた。夜半に至って、体じゅうが濡れていた」。王素は言った。「陛下が天にお仕えになるのは、恭しく畏れるべきです。しかし冷えた気は病を招くに十分です。慎まれるべきでもあります」。天子は言った。「雨が降らないことを思うと、自ら身を犠牲にしたい。何を慎むことがあろうか」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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言志四録・南洲手抄意の誠否は、須らく夢寐中の事に於て之を験すべし。
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呂氏春秋・士容②齊に善く狗を相する者有り。其の鄰假いて以て鼠を取るの狗を買わんとす。期年にして乃ち之を得て、曰く、「是れ良狗なり。」其の鄰、之を畜うこと數年なれども、鼠を取らず。以て相する者に告ぐ。相する者曰く、「此れ良狗なり。其の志は獐麋豕鹿に在り、鼠に在らず。其の鼠を取らんことを欲せば、則ち之に桎せよ。」其の鄰、其の後ろ足に桎すれば、狗乃ち鼠を取る。夫れ驥驁の氣、鴻鵠の志、人心に諭らるる者有るは誠なればなり。人も亦た然り。誠之れ有れば則ち神、人に應ず。言豈に以て之を諭すに足らんや。此を不言の言と謂うなり。
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論語・八佾篇祭ること在るが如く。神を祭ること神在るが如し。子曰く、『吾、祭に与らざれば、祭らざるが如し。』
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荀子・不苟篇君子の心を養うは誠より善きは莫し。誠を致さば則ち它事無し。唯だ仁のみ之れ守と為し、唯だ義のみ之れ行と為す。心を誠にして仁を守れば則ち形れ、形るれば則ち神なり、神なれば則ち能く化す。心を誠にして義を行なえば則ち理あり、理あれば則ち明らかなり、明らかなれば則ち能く変ず。変化代わる代わる興る、之を天徳と謂う。天は言わずして人は高きを推し、地は言わずして人は厚きを推し、四時は言わずして百姓は期す。夫れ此れ常有るは、其の誠を至せる者を以てなり。君子の至徳は、嘿然として喩り、未だ施さずして親しみ、怒らずして威あり。夫れ此れ命に順うは、其の独りを慎む者を以てなり。善の道を為すや、誠ならざれば則ち独ならず、独ならざれば則ち形れず、形れざれば則ち心に作り、色に見れ、言に出づと雖も、民は猶お未だ従わざるが若し。従うと雖も必ず疑う。天地は大と為すも、誠ならざれば則ち万物を化する能わず。聖人は知と為すも、誠ならざれば則ち万民を化する能わず。父子は親と為すも、誠ならざれば則ち疏し。君上は尊と為すも、誠ならざれば則ち卑し。夫れ誠なる者は、君子の守る所にして、政事の本なり。唯だ居る所にして其の類を以て至る。之を操れば則ち之を得、之を舎つれば則ち之を失う。操りて之を得れば則ち軽し、軽ければ則ち独行す。独行して舎てざれば、則ち済る。済りて材尽き、長く遷りて其の初めに反らざれば、則ち化す。
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易経・彖伝「中孚(ちゅうふ)」は、柔内に在りて剛中を得、説(よろこ)びて巽(したが)い、孚(まこと)乃(すなわ)ち邦(くに)を化するなり。「豚魚(とんぎょ)も吉なり」とは、信の豚魚に及べばなり。「大川を渉(わた)るに利(よ)ろし」とは、木に乗りて舟虚(むな)しければなり。中孚もって貞(ただ)しきに利ろしとは、乃ち天に應(おう)ずるなり。
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呂氏春秋・精通④養由基、兕を射て、石に中て、矢乃ち飲羽す。兕に誠なればなり。伯樂、馬を相するを學ぶや、見る所馬に非ざる者無し。馬に誠なればなり。宋の庖丁好んで牛を解き、見る所死牛に非ざる者無く、三年にして生牛を見ず。刀を用うること十九年、刃新たに磨研せるが若く、其の理に順う。牛に誠なればなり。鍾子期、夜、磬を撃つ者を聞きて悲しみ、人をして召さしめて之に問いて曰く、「子、何ぞ磬を撃つことの悲しきや。」答えて曰く、「臣の父、不幸にして人を殺し、生を得ず。臣の母は生を得て、公家の為に酒を為り、臣の身は生を得て、公家の為に磬を撃つ。臣、臣の母を睹ざること三年なり。昔、舍氏と為りて臣の母を睹、之を贖う所以を量るに、則ち有る無し。而して身は固より公家の財なり。是の故に悲しむなり。」鍾子期歎嗟して曰く、「悲しいかな、悲しいかな。心は臂に非ざるなり。臂は椎に非ず石に非ざるなり。悲しみ心に存すれば、而ち木石之に應ず。」故に君子、此に誠なれば、而ち彼に諭し、己に感ずれば、而ち人に發すとは、豈に必ずしも彊說ならんや。周に申喜なる者有り。其の母を亡う。乞人の門下に歌うを聞きて、之を悲しんで顏色を動かす。門者に謂いて、乞人の歌う者を内れ、自ら見て焉に問う。曰く、「何の故にして乞う。」之と語れば、蓋し其の母なり。故に父母の子に於けるや、子の父母に於けるや、一體にして兩分、同氣にして異息、草莽の華實有るが若く、樹木の根心有るが若きなり。處を異にすと雖も相通じ、隱志相及び、痛疾相救い、憂思相感じ、生きては則ち相歡び、死しては則ち相哀しむ。此を之れ骨肉の親と謂う。神は忠より出で、心に應ず。兩精相得るは、豈に言を待たんや。