宋名臣言行録 / 後集巻四・王素
仁宗問公曰大僚中孰可命以相事者公曰惟宦官宫妾不知姓名者乃可充選帝憮然有間曰惟富弼耳公下拜曰陛下得人矣既告大廷相富公士大夫皆舉笏相賀或宻以聞帝益喜曰吾之舉賢於夣卜矣
新字:仁宗問公曰大僚中孰可命以相事者公曰惟宦官宫妾不知姓名者乃可充選帝憮然有間曰惟富弼耳公下拝曰陛下得人矣既告大廷相富公士大夫皆舉笏相賀或宻以聞帝益喜曰吾之舉賢於夣卜矣
書き下し
仁宗公に問いて曰く、大僚の中、孰れか命ずるに相事を以てす可き者ぞと。公曰く、惟だ宦官宮妾の姓名を知らざる者のみ、乃ち選に充つ可しと。帝憮然として間有りて曰く、惟だ富弼のみかと。公下拜して曰く、陛下人を得たりと。既に大廷に告げて富公を相とす。士大夫皆笏を舉げて相い賀す。或るひと密かに以て聞す。帝益ミ喜びて曰く、吾の舉は夢卜より賢れりと。
現代語訳
仁宗が王素に問うた。「大官の中で、誰に宰相の仕事を任せられるだろうか」。王素は言った。「ただ、宦官や女官がその姓名を知らない者だけが、候補となり得ます」。天子は呆然として、しばらくして言った。「では富弼だけか」。王素は下がって拝礼して言った。「陛下は人を得られました」。やがて朝廷に告げて富弼を宰相とした。士大夫はみな笏を挙げて互いに祝った。ある者がひそかにこれを報告した。天子はますます喜んで言った。「私の挙げた人選は、夢や占いよりすぐれていた」。
解説
宰相の条件を、たった一つで答えました。しかも人物の資質ではありません。**宦官や女官がその姓名を知らない者だけが、候補となり得ます。**宮中に名が通っているということは、内廷と何かの繋がりがあるということです。逆に言えば、名を知られていないことが清白の証拠になる。この一条件を当てはめると、候補が一人に絞られました。**では富弼だけか。**答えを言わずに、条件だけを渡して、天子自身に名を出させています。
この章句が説くこと
大僚の中孰れか命ずるに相事を以てす可き者ぞ惟だ宦官宮妾の姓名を知らざる者のみ乃ち選に充つ可し帝憮然として間有りて曰く惟だ富弼のみか吾の舉は夢卜より賢れり人事条件
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