宋名臣言行録 / 後集巻四・蔡襄
公為政精明而於閩人尤知其風俗禮賢勸學除其甚害往時閩士多好學而専用賦以應科舉公得先生周希孟以經術教授學者至數百人公親至學舎執經講問為諸生率
新字:公為政精明而於閩人尤知其風俗礼賢勧学除其甚害往時閩士多好学而専用賦以応科舉公得先生周希孟以経術教授学者至数百人公親至学舎執経講問為諸生率
書き下し
公政を爲すこと精明にして、閩人に於いては尤も其の風俗を知る。賢を禮し學を勸め、其の甚だしき害を除く。往時、閩の士は多く學を好むも、專ら賦を用いて以て科舉に應ず。公先生周希孟を得て、經術を以て教授せしむ。學ぶ者數百人に至る。公親しく學舍に至り、經を執りて講問し、諸生の率と爲る。
現代語訳
蔡襄は政を執ることが精密で明晰であり、閩の人についてはとりわけその風俗を知っていた。賢者を礼遇し学問を勧め、ひどい害を除いた。以前、閩の士は多く学問を好んだが、もっぱら賦を用いて科挙に応じていた。蔡襄は周希孟という先生を得て、経学によって教授させた。学ぶ者は数百人に達した。蔡襄は自ら学舎に赴き、経を手にして講義を聴き問い、学生たちの先頭に立った。
解説
学問を勧めるのに、命令も奨励金も出していません。まず人を連れてきました。**周希孟という先生を得て、経学によって教授させた。**次にしたことが、この条の要です。**自ら学舎に赴き、経を手にして講義を聴き問い、学生たちの先頭に立った。**長官が生徒として最前列に座る。誰も欠席できません。しかも見学ではなく、経を手にして質問しています。**学ぶ者は数百人に達した。**
この章句が説くこと
公政を為すこと精明にして閩人に於いては尤も其の風俗を知る往時閩の士は多く学を好むも専ら賦を用いて以て科舉に応ず公先生周希孟を得て経術を以て教授せしむ公親しく学舎に至り経を執りて講問し諸生の率と為る教育率先
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