宋名臣言行録 / 後集巻四・胡宿
公通隂陽五行天人災異之説南京鴻慶宫災公以謂兩京聖宋所以受命建號而大火主於商丘國家乘徳而王者也今不領於祠官而比年數災宜脩火祀事下太常嵗以長吏奉祀啇丘自公始
新字:公通陰陽五行天人災異之説南京鴻慶宮災公以謂両京聖宋所以受命建号而大火主於商丘国家乗徳而王者也今不領於祠官而比年数災宜脩火祀事下太常歳以長吏奉祀啇丘自公始
書き下し
公は陰陽五行・天人災異の説に通ず。南京の鴻慶宮災あり。公以謂えらく、兩京は聖宋の命を受け號を建つる所以にして、大火は商丘に主どる。國家は德に乘じて王たる者なり。今祠官に領せられずして比年しばしば災あり。宜しく火祀を脩むべしと。事太常に下る。歳ミ長吏を以て商丘に奉祀するは公より始まる。
現代語訳
胡宿は陰陽五行や、天と人のあいだの災異の説に通じていた。南京の鴻慶宮が火災に遭った。胡宿は考えた。両京は聖なる宋が天命を受けて国号を立てたゆかりの地であり、大火の星は商丘を司る。国家は徳によって王となった者である。いまその祭りが担当の官に管理されておらず、近年たびたび火災がある。火の祭りを整えるべきである、と。事は太常に下された。毎年、長官が商丘で祭祀を奉じることは、胡宿から始まった。
解説
災いに対して、原因ではなく手続きの欠落を指しました。いまその祭りが担当の官に管理されておらず、近年たびたび火災がある。祭りを絶やしたことと火事を結びつけるのは、いまの目には通りません。ただ、この人の議論はいつも同じ形をしています。担当が決まっていない仕事があると、そこから崩れる。そして残ったのは制度でした。毎年、長官が商丘で祭祀を奉じることは、胡宿から始まった。
この章句が説くこと
公は陰陽五行天人災異の説に通ず両京は聖宋の命を受け号を建つる所以にして大火は商丘に主どる今祠官に領せられずして比年しばしば災あり歳ミ長吏を以て商丘に奉祀するは公より始まる祭祀災い
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礼記・礼運故に先王は蓍亀(しき)を秉(と)り、祭祀を列ね、瘞(えい)し繒(そう)し、祝嘏の辞説を宣べ、制度を設く。故に国に礼有り、官に御(ぎょ)有り、事に職有り、礼に序有り。 故に先王は礼の下に達せざるを患うるなり。 故に帝を郊に祭るは、天の位を定むる所以なり。社を国に祀るは、地の利を列する所以なり。祖廟は、仁を本づくる所以なり。山川は、鬼神を儐(ひん)する所以なり。五祀は、事を本づくる所以なり。故に宗祝は廟に在り、三公は朝に在り、三老は学に在り。王は巫を前にして史を後にし、卜筮瞽侑(こゆう)皆左右に在り、王は中心無為にして、以て至正を守る。
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