宋名臣言行録 / 後集巻四・胡宿
皇祐新樂成議者多議論有詔新樂用於常祀朝㑹而郊廟仍用舊樂公言書稱同律而今舊樂髙新樂下相去一律難並用而新樂未施於郊廟先用之朝㑹非先王薦上帝配祖考之意皆不可近制禮部四嵗一貢士議者患之請更為間嵗公獨以為不然曰使士子廢業而奔走無寜嵗不如復用三嵗之制也衆皆以公言為非行之數年士子果以不便而卒用三嵗之制
新字:皇祐新楽成議者多議論有詔新楽用於常祀朝会而郊廟仍用旧楽公言書称同律而今旧楽高新楽下相去一律難並用而新楽未施於郊廟先用之朝会非先王薦上帝配祖考之意皆不可近制礼部四歳一貢士議者患之請更為間歳公独以為不然曰使士子廃業而奔走無寜歳不如復用三歳之制也衆皆以公言為非行之数年士子果以不便而卒用三歳之制
書き下し
皇祐の新樂成る。議者多く議論す。詔有り、新樂は常祀朝會に用い、郊廟は仍お舊樂を用うと。公言う、書に律を同じくすと稱す。而るに今、舊樂は髙く新樂は下る。相い去ること一律。並び用い難し。而して新樂未だ郊廟に施さずして先に之を朝會に用うるは、先王の上帝に薦め祖考に配するの意に非ず。皆不可なりと。近ごろ禮部を制して四歳に一たび士を貢す。議者之を患え、更めて間歳と爲さんことを請う。公獨り以て然らずと爲して曰く、士子をして業を廢して奔走せしめ、寧き歳無からしむ。三歳の制を復用するに如かずと。衆皆公の言を非と爲す。行うこと數年、士子果たして不便を以てす。卒に三歳の制を用う。
現代語訳
皇祐の新しい楽が完成した。論ずる者は多く議論した。詔があり、新しい楽は通常の祭祀と朝会に用い、郊祀と宗廟にはなお旧来の楽を用いる、とした。胡宿は言った。「『書』には律を同じくすると言います。ところが今、旧楽は高く新楽は低く、互いに一律だけ離れています。並べて用いにくい。そのうえ、新楽をまだ郊祀と宗廟に用いないうちに、先にこれを朝会に用いるのは、先王が上帝に薦め祖先を配するという趣旨ではありません。どちらもいけません」。近ごろ、礼部に定めて四年に一度士を貢することにした。論ずる者はこれを困ったこととし、改めて隔年にするよう願った。胡宿ひとりがそうではないとして言った。「受験する者に学業を捨てて奔走させ、落ち着ける年がなくなります。三年の制度に戻すのに越したことはありません」。人々はみな胡宿の言を非とした。実施すること数年、受験する者ははたして不便だとした。ついに三年の制度が用いられた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『政談』國の締り一篇の發端の事総して国の治めと云ふは、譬へば碁盤の目を盛るが如し、目を盛らざる盤にては、何ほどの上手にても碁はうたれぬなり、洪水を静むるには、川筋を付るなり、川筋を付ざれば、禹王再び生れ出たまふとも、水を静むることは叶はざるなり、当時火災の事上の御世話にて塗屋土蔵造に成りたれば、火災自然と少なし、是明かなる証拠なり、其外の御政務には、此訳を申し立る人なきにや、是によりて和漢の古法を考へ愚案の量見を左に記す、
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『政談』右四册大意の事右四册の物語りに瑣細なるまでを記したることは、当時は法の立てやう未熟にて、大なる所に法立たず、末に計り法立ちてある故世界に締り無く、風俗ひたものに移り行き、今は法は法にて有りながら、下は下にて別々になりて、法も詮無きことに成りたることを知らせ奉らんためなり、当時のことなど見及び聞及びたる争などを少々書きたるは、定めて承はり違ひもあるべし、又愚按の違ひもあるべし、政治の道はひきつはなれたることにあらず、世の成行世界の全体を知し召すこと肝要なり、肝心の所は世界旅宿の境界なると、諸事の制度なきと、此二つに帰することなり、是によりて、戸籍を立て万民を住所に有付ると、町人百姓と武家と制度の差別を立ると、大名の家に制度を立ると御買上と云ことの之なきやうにすると、大体是にて世界はすぐなをり豊かに成るへし、
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『政談』諸色直段の事偖又用ゆるもの多き故に高直になる、此用ゆる者多きは制度なきより起れり、元来貴き人は善きものを用ひ、賤きものは悪きものを用ゆるときは、物各々其宜きを得るゆゑ諸色高直にはならぬを、今は賤き者まても善きものを用ゆると云は如何やうの事なれは、御城下に来集る民は素は田舎のものにて、麦粟種等の雑穀を食し、濁酒を飲み、味噌をも食せす、すくも火を焼き、麻木綿を織て着し、席薦の上に寝臥をしたるものか、心儘に御城下に来住する故、米味噌を食し、薪を焼き、炭の火にあたり、衣服も買整へて着し、善酒を飲み、田舎に之なき障子を立て、天井を張り、唐紙を張り、畳を敷き、蚊屋を釣るなとすることは、ぼていふりも皆斯の如し、少しも善き町人は衣服食事家居器物まても金さへあれは大名と同しことにて誰れ制する者なし、是諸物の用ゆる人多き故諸色の高直なること尤なり、
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尉繚子・制談此くの如くんば、戦ひ勝つと雖も国益々弱く、地を得るも国益々貧しきは、国中の制弊るるに由るなり。
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『墨子』尚同中子墨子曰く、方今の時の正長は、則ち本より古者と異なれり。之を譬うるに量るに五刑を以てするが若く然り。昔者、聖王は制して五刑を為り、以て天下を治む。有苗の五刑を制するに逮び至りては、以て天下を亂る。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なるなり。是を以て先王の書、呂刑の道いて曰く、「苗民、練を用いず、折くに則ち刑し、唯だ五殺の刑を作り、法と曰う」と。則ち此れ善く刑を用うる者は以て民を治め、善く刑を用いざる者は以て五殺と為すを言う。則ち此れ豈に刑の不善ならんや。刑を用うること則ち不善なり、故に遂に以て五殺と為す。是を以て先王の書、術令の道いて曰く、「惟れ口は好を出だし戎を興す」と。則ち此れ善く口を用うる者は好を出だし、善く口を用いざる者は以て讒賊冦戎と為すを言う。則ち此れ豈に口の不善ならんや。口を用うること則ち不善なり、故に遂に以て䜛賊冦戎と為す。
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『政談』當時制度之なき事兼て制度を立てゝこれを安くするときは人々知る故分に過ぎたる奢りは自からなくて世上に費へなし、制度なければ上より奢りをするなと制し玉ふと云ふとも、是までが分相応にて是より上か奢りなりと云ふ「キツカケ」なけれはすへきやうなし、華美を好むは人情の常なる故制度なき故に世は次第に奢りに成行くなり、衣服の制度ある時は是は大名是は大役高官の人と云ふ事坐敷の上にても自から知るゝ故、人々貴きを敬ひ儀式自から乱れさるに、上一人より下は民までも何れも小袖を着上下を着ること同様にて、其衣服の地は金さへあれは何を着ても誰制する人なし、上下の見分けなき故高官大役の人下のものと別の立てやうなく、唯々いかつかましき体をして是にて高下を別のことに成り、我か身の君子の礼儀を失ふことをは知らず、御役人奉行なとの無礼甚しく、下たるものは礼に過ぎて這ひ屈み、諂ふ風俗甚しきも制度なきか故なり、

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