宋名臣言行録 / 後集巻三・張方平
公自念將老無以報上論事益切至論用兵起獄尤為反覆深言曰老臣且死見先帝地下有以藉口矣上為感動至永樂之敗頗思其言
新字:公自念将老無以報上論事益切至論用兵起獄尤為反覆深言曰老臣且死見先帝地下有以藉口矣上為感動至永楽之敗頗思其言
書き下し
公自ら將に老いんとして以て上に報ゆる無きを念う。事を論ずること益ミ切なり。兵を用い獄を起こすを論ずるに至りては、尤も反覆と爲す。深く言いて曰く、老臣且に死せんとす。先帝を地下に見るに、以て藉口する有らんと。上之が爲に感動す。永樂の敗に至りて、頗る其の言を思う。
現代語訳
張方平は自分が老いようとしているのに、天子に報いるところがないことを思った。事を論じることはますます切実になった。兵を用いること、獄を起こすことを論じるに至っては、とりわけ繰り返して言った。思い切ってこう言った。「老臣はもうすぐ死にます。先帝に地下でお会いしたとき、申し開きするものがございます」。天子はこれに心を動かされた。永楽城の敗戦に至って、しきりにその言葉を思い出した。
解説
老いた人が、諫めを続ける動機を口にしています。生きているうちの評価ではありません。**先帝に地下でお会いしたとき、申し開きするものがございます。**言っておけば、死んだ後に説明が立つ。逆に言えば、黙っていれば立たない。そして繰り返した二つの主題が挙げられています。**兵を用いること、獄を起こすことを論じるに至っては、とりわけ繰り返して言った。**その一方が現実になりました。**永楽城の敗戦に至って、しきりにその言葉を思い出した。**
この章句が説くこと
公自ら将に老いんとして以て上に報ゆる無きを念う事を論ずること益ミ切なり老臣且に死せんとす先帝を地下に見るに以て藉口する有らん永楽の敗に至りて頗る其の言を思う老い諫言
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