宋名臣言行録 / 後集巻三・張方平
師征安南公以謂舉西北壯士健馬棄之南方其患有不可勝言者若老師費財無功而還則社稷之福也
新字:師征安南公以謂舉西北壮士健馬棄之南方其患有不可勝言者若老師費財無功而還則社稷之福也
書き下し
師安南を征す。公以謂えらく、西北の壯士健馬を舉げて之を南方に棄つれば、其の患は勝げて言う可からざる者有り。若し師を老いしめ財を費やし、功無くして還らば、則ち社稷の福なりと。
現代語訳
軍が安南を征伐した。張方平は考えた。西北の壮健な兵士と丈夫な馬を挙げて南方に棄てるなら、その災いは言い尽くせないものがある。もし軍を疲れさせ財を費やして、何の功もなく帰ってくるなら、それこそ国家の幸いである、と。
解説
四十一字ですが、言い方が苦い。ふつうは勝つことを願います。この人は、負けるほうがましだと言っていません。**何の功もなく帰ってくるなら、それこそ国家の幸いである。**功もなく、ただ疲れて帰る。それが最良だ、という判定です。理由は前半にあります。**西北の壮健な兵士と丈夫な馬を挙げて南方に棄てる。**南で勝っても、その兵と馬は北の備えから抜けたままです。勝敗ではなく、どこから何を抜いたかで測っています。
この章句が説くこと
師安南を征す西北の壮士健馬を舉げて之を南方に棄つれば其の患は勝げて言う可からざる者有り若し師を老いしめ財を費やし功無くして還らば則ち社稷の福なり遠征損得
関連する章句
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呂氏春秋・仲秋③是の月や、乃ち宰祝に命じて、犠牲を巡行せしむ。全具を視、芻豢を案じ、肥瘠を瞻、物色を察し、必ず比類して、大小を量り、長短を視、皆度に中らしむ。五つの者備に當りて、上帝其れ享く。天子乃ち儺して、佐疾を禦ぎ、以て秋氣を通ず。犬を以て麻を嘗め、先づ寢廟を祭る。
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