呂氏春秋 / 季春⑧
是月也,乃合纍牛騰馬游牝于牧,犧牲駒犢,舉書其數。〔命〕國人儺,九門磔禳,以畢春氣。
新字:是月也,乃合纍牛騰馬游牝于牧,犠牲駒犢,舉書其数。〔命〕国人儺,九門磔禳,以畢春気。
書き下し
是の月や、乃ち纍牛・騰馬・游牝を牧に合わせ、犧牲・駒犢は、舉げて其の數を書す。國人儺し、九門に磔禳し、以て春氣を畢う。
現代語訳
この月、種牛・種馬を放牧地の雌の群れに合わせて交配させ、いけにえや仔馬・仔牛については、すべてその頭数を記録する。都の人々は追儺(鬼やらい)の儀式を行い、九つの門で犬の皮を裂いて掲げて邪気を払い、こうして春の気を締めくくる。
解説
晩春の畜産と厄払いの行事を述べています。繁殖期に合わせて種牛・種馬を雌の群れと交配させ、家畜の頭数をきちんと記録して管理します。さらに都の人々が追儺の儀式を行い、門で邪気を払って春の季節を締めくくります。生産の管理と、目に見えない邪気を祓う祭祀とが一体になっている点が古代らしい特徴です。現代でも、繁殖や在庫の数を正確に記録する管理と、区切りごとに気持ちを切り替える節目の行事は、それぞれ実務と精神の両面で意味を持ちます。数の管理と節目の儀礼を両立させる発想に学べます。
この章句が説くこと
纍牛騰馬犠牲儺磔禳畜産
関連する章句
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呂氏春秋・仲秋③是の月や、乃ち宰祝に命じて、犠牲を巡行せしむ。全具を視、芻豢を案じ、肥瘠を瞻、物色を察し、必ず比類して、大小を量り、長短を視、皆度に中らしむ。五つの者備に當りて、上帝其れ享く。天子乃ち儺して、佐疾を禦ぎ、以て秋氣を通ず。犬を以て麻を嘗め、先づ寢廟を祭る。
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孔子家語・郊問公曰わく:「其れ郊と言うは、何ぞや。」孔子曰わく:「丘を南に兆すは、陽位に就く所以なり。郊に於てす、故に之を郊と謂う。」曰わく:「其の牲器は何如。」孔子曰わく:「上帝の牛は角璽栗にして、必ず滌に在ること三月。后稷の牛は唯だ具うるのみ、天神と人鬼とに事うるを別つ所以なり。牲は骍を用う、赤を尚べばなり。犢を用うるは、誠を貴べばなり。地を掃いて祭るは其の質なり。器は陶匏を用う、天地の性に象る以てなり。萬物之に稱う可き者無し、故に其の自然の體に因るなり。」
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呂氏春秋・季夏③是の月や、四監大夫をして百縣の秩芻を合わせ、以て犧牲を養わしむ。民をして咸其の力を出ださせること無からしめ、以て皇天上帝・名山大川・四方の神に供し、以て宗廟社稷の靈を祀り、民の為に福を祈る。
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孫子・謀攻篇城を攻むるの法は、已むを得ざる為なり。
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呂氏春秋・孟春⑤是の月や、樂正に命じ、學に入り舞を習わしむ。乃ち祭典を修め、命じて山林川澤を祀るに、犠牲は牝を用いること無からしむ。伐木を禁止し、巣を覆すこと無く、孩蟲・胎夭・飛鳥を殺すこと無く、麛とること無く、卵とること無く、大衆を聚むること無く、城郭を置くこと無く、骼を揜い髊を霾めしむ。
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呂氏春秋・仲春⑦是の月や、祀に犠牲を用いず、圭璧、更に皮幣を用う。