宋名臣言行録 / 後集巻三・張方平
近嵗邉臣建開拓之議皆行險僥倖之人欲以天下安危試之一擲事成則身䝉其利不成則陛下任其患不可聴也
新字:近歳邉臣建開拓之議皆行険僥倖之人欲以天下安危試之一擲事成則身䝉其利不成則陛下任其患不可聴也
書き下し
近歳、邊臣開拓の議を建つ。皆險を行い僥倖するの人なり。天下の安危を以て之を一擲に試みんと欲す。事成れば則ち身其の利を蒙り、成らざれば則ち陛下其の患に任ず。聽く可からざるなり。
現代語訳
近年、国境の臣が領土を広げる議を立てております。みな危ない橋を渡って僥倖を狙う人です。天下の安危をもって、それを一度の賭けに試そうとしています。事が成れば我が身がその利益をこうむり、成らなければ陛下がその災いを引き受けられます。聴き入れてはなりません。
解説
積極策の中身を論じていません。誰が得をして、誰が損を引き受けるかだけを言いました。事が成れば我が身がその利益をこうむり、成らなければ陛下がその災いを引き受けられます。上振れは提案者のもの、下振れは決裁者のもの。この非対称があるかぎり、提案は際限なく大胆になります。富弼が契丹の君主に説いた「和平の利は君主のもの、戦争の利は臣下のもの」と、同じ構造を、こちらは自国の側から言っています。
この章句が説くこと
近歳辺臣開拓の議を建つ皆険を行い僥倖するの人なり天下の安危を以て之を一擲に試みんと欲す事成れば則ち身其の利を蒙り成らざれば則ち陛下其の患に任ず賭け利害
関連する章句
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『韓非子』說林上二十二魏の恵王、臼里の盟を為し、将に復た天子を立てんとす。彭喜、鄭君に謂ひて曰く、「君聴く勿かれ。大国は天子有るを悪み、小国は之を利とす。若し君と大と聴かずんば、魏焉んぞ能く小と之を立てんや」と。晋人、邢を伐ち、斉の桓公将に之を救はんとす。鮑叔曰く、「太だ蚤し。邢亡びずんば晋敝れず、晋敝れずんば斉重からず。且つ夫れ危を持するの功は、亡を存するの徳の大なるに如かず。君晩く之を救ひて以て晋を敝らしむるに如かず、斉実に利あり。邢の亡ぶるを待ちて復た之を存せば、其の名実美なり」と。桓公乃ち救はず。子胥出走し、辺候之を得たり。子胥曰く、「上の我を索むるは、我に美珠有るを以てなり。今我已に之を亡へり。我且に子取りて之を呑めりと曰はんとす」と。候因りて之を釈す。慶封、斉に乱を為して越に走らんと欲す。其の族人曰く、「晋は近し、奚ぞ晋に之かざる」と。慶封曰く、「越は遠し、以て難を避くるに利あり」と。族人曰く、「是の心を変ずれば、晋に居るも可なり。是の心を変ぜずんば、遠き越と雖も、其れ以て安かるべけんや」と。智伯、地を魏の宣子に索む、魏の宣子予へず。任章曰く、「何の故に予へざる」と。宣子曰く、「故無くして地を請ふ、故に予へず」と。任章曰く、「故無くして地を索めば、隣国必ず恐れん。彼重欲にして厭くこと無くんば、天下必ず懼れん。君之に地を予へば、智伯必ず驕りて敵を軽んじ、隣邦必ず懼れて相親しまん。
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『長短経』利害〔孫子曰く「兵甚だ陥れば則ち懼れず、已むを得ざれば則ち闘う。是の故に、其の兵は修めずして戒め、求めずして得、約せずして親しみ、令せずして信ず。之を往く無きに投ずれば、諸将の勇なり」と。此の謂いなり。〕魏の太祖、張繡を征す。一朝軍を引きて退く。繡自ら之を追わんとす。賈詡曰く「追うべからざるなり」と。繡従わず、果たして敗れて還る。詡、繡に謂いて曰く「促やかに更に之を追え。戦えば必ず勝たん」と。繡、散卒を収め、赴きて太祖を追い、戦いて果たして勝つ。還りて、詡に問いて曰く「繡は精兵を以て退軍を追い、而して公は必ず敗れんと曰う。退くに敗卒を以て勝兵を撃ち、而して公は必ず克たんと曰う。皆公の言の如し。何ぞ其れ反して皆験あるや」と。詡曰く「此れ知り易きのみ。軍勢百途、事一ならざるなり。将軍は善く兵を用うと雖も、曹公の敵に非ざるなり。魏の軍新たに退けば、曹公必ず自ら其の後ろを断つ。追兵精しと雖も、将既に敵せず、彼の士も亦た鋭し。故に必ず敗るるを知る。曹公の将軍を攻むるに失策無し。力未だ尽きずして還るは、必ず国内に故有ればなり。既に将軍を破らば、必ず軽軍にして速やかに進み、諸将を留めて後ろを断たしめん。諸将勇なりと雖も、亦た将軍の敵に非ざるなり。故に敗兵を用うと雖も勝つなり」と。繡乃ち其の能に服す。
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孫子・九変篇是の故に智者の慮は、必ず利害に雑う。利に雑えて務め信なる可きなり。害に雑えて患い解く可きなり。
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