宋名臣言行録 / 後集巻三・張方平
上將召用介甫公言安石言偽而辨行偽而堅用之必亂天下由是介甫深怨之
新字:上将召用介甫公言安石言偽而弁行偽而堅用之必乱天下由是介甫深怨之
書き下し
上將に介甫を召し用いんとす。公言う、安石は言僞にして辨、行僞にして堅。之を用いば必ず天下を亂さんと。是れに由りて介甫深く之を怨む。
現代語訳
天子がまさに王安石を召して用いようとした。張方平は言った。「安石は、言葉が偽りでありながら弁が立ち、行いが偽りでありながら堅い。これを用いれば必ず天下を乱します」。これによって王安石は深くこれを怨んだ。
解説
三十一字です。用いた言葉が、孔子が少正卯を誅したときに挙げた罪状の言い回しを踏んでいます。当時の読者には、それが分かる。**言葉が偽りでありながら弁が立ち、行いが偽りでありながら堅い。**能力の否定ではありません。むしろ能力が高いことを前提にしている。弁が立ち、意志が堅い。その二つが、向きを誤ったまま揃っていることが危ないと言っています。韓琦は手紙から、呉奎は気性から、この人は言と行の一致の仕方から見ました。
この章句が説くこと
上将に介甫を召し用いんとす安石は言偽にして弁行偽にして堅之を用いば必ず天下を乱さん人物評弁舌
関連する章句
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『宋名臣言行録』後集巻五・吕誨獻可色を正して曰く、君實も亦た此の言を爲すか。安石は時名有り、上の意の向かう所と雖も、然れども好んで偏見を執り、物情に通ぜず。輕信にして囘し難く、人の己に佞するを喜ぶ。其の言を聽けば則ち美なるも、用に施せば則ち疎なり。若し侍從に在らば猶お或いは容る可し。諸を宰輔に置かば則ち天下は必ず其の弊を受けんと。
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『宋名臣言行録』後集巻二・富弼公亳より汝に移り、南京を過ぐ。張安道留守なり。公來たりて見え、坐すること之を久しくす。公徐ろに曰く、人は固より知り難きなりと。安道曰く、王安石を謂うか。亦た豈に知り難き者ならんや。往年方平貢舉を知る。或るひと安石に文學有れば宜しく辟して以て考校せしむべしと薦む。姑く之に從う。安石既に來たり、一院の事皆之を紛更せんと欲す。方平其の人を惡み、檄して以て出だす。此れより未だ嘗て與に語らざるなりと。富公首を俯して愧色有り。蓋し公は素より荊公を喜ぶ。位を得て天下を亂すに至りて、方に其の奸を知るなり。
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