宋名臣言行録 / 後集巻三・趙槩
以太子少師致仕居睢陽十五年猶以讀書著文憂國愛君為事集古今諌諍為諌林一百二十巻奏之上甚喜賜詔曰大夫請老而去者皆以聲迹不至朝廷為髙得卿所奏書知有志愛君之士雖退休山林未嘗一日忘也當置座右以時省閲
新字:以太子少師致仕居睢陽十五年猶以読書著文憂国愛君為事集古今諌諍為諌林一百二十巻奏之上甚喜賜詔曰大夫請老而去者皆以声迹不至朝廷為高得卿所奏書知有志愛君之士雖退休山林未嘗一日忘也当置座右以時省閲
書き下し
太子少師を以て致仕し、睢陽に居ること十五年。猶お讀書著文・憂國愛君を以て事と爲す。古今の諫諍を集めて諫林一百二十卷と爲し、之を奏す。上甚だ喜び、詔を賜いて曰く、大夫の老を請いて去る者は、皆聲迹の朝廷に至らざるを以て髙しと爲す。卿の奏する所の書を得て、志有り君を愛するの士は、山林に退休すと雖も未だ嘗て一日も忘れざるを知る。當に座右に置きて時に省閲すべしと。
現代語訳
太子少師として退官し、睢陽に住むこと十五年。なお書を読み文を著し、国を憂え君を愛することを仕事とした。古今の諫めの言葉を集めて『諫林』百二十巻とし、これを奏上した。天子はたいそう喜び、詔を賜って言った。「大夫で老いを理由に去る者は、みな声も足跡も朝廷に届かないことを高しとする。卿の奏上した書を得て、志があり君を愛する士は、山林に退き休んでいても、一日も忘れたことがないのだと知った。座右に置いて折々に読み返そう」。
解説
引退の作法について、天子が一行で言い当てています。**大夫で老いを理由に去る者は、みな声も足跡も朝廷に届かないことを高しとする。**音沙汰を絶つことが、隠退の潔さでした。趙槩はその逆をやります。しかも自分の意見書ではなく、古今の諫めの言葉を集めた本でした。**古今の諫めの言葉を集めて『諫林』百二十巻とし、これを奏上した。**自分が言えなくなったので、他人が言った言葉を集めて届けた。十五年かけた仕事です。
この章句が説くこと
睢陽に居ること十五年猶お読書著文憂国愛君を以て事と為す古今の諫諍を集めて諫林一百二十巻と為し之を奏す大夫の老を請いて去る者は皆声迹の朝廷に至らざるを以て高しと為す山林に退休すと雖も未だ嘗て一日も忘れざる引退忠
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