宋名臣言行録 / 後集巻三・文彦博
宻劾公不治神宗批輔之所奏付公有云侍中舊徳故煩卧䕶北門細務不必勞心輔之小臣敢爾無禮將别有處置公得之不言一日㑹監司曰老謬無治狀幸諸君寛之監司皆愧謝因出御批以示輔之輔之皇恐逃歸託按部逃出未㡬罷嗚呼神宗眷遇大臣沮抑小人如此可謂聖矣
新字:宻劾公不治神宗批輔之所奏付公有云侍中旧徳故煩卧䕶北門細務不必労心輔之小臣敢爾無礼将別有処置公得之不言一日会監司曰老謬無治状幸諸君寛之監司皆愧謝因出御批以示輔之輔之皇恐逃帰託按部逃出未㡬罷嗚呼神宗眷遇大臣沮抑小人如此可謂聖矣
書き下し
密かに公を治めずと劾す。神宗、輔之の奏する所を批して公に付す。云う有り、侍中は舊德なり。故に煩わして北門を臥護せしむ。細務は必ずしも心を勞するに及ばず。輔之は小臣なり。敢えて爾く無禮なるか。將に別に處置有らんとすと。公之を得るも言わず。一日、監司を會して曰く、老謬にして治狀無し。幸わくは諸君之を寬せよと。監司皆愧謝す。因りて御批を出して以て輔之に示す。輔之皇恐して逃げ歸り、部を按ずるに託して逃げ出づ。未だ幾ならずして罷む。嗚呼、神宗の大臣を眷遇し小人を沮抑すること此くの如し。聖と謂う可し。
現代語訳
汪輔之はひそかに、文彦博が政務を執っていないと弾劾した。神宗は汪輔之の奏上に書き入れをして文彦博に回した。こうあった。「侍中は旧くからの徳ある臣である。それゆえ煩わせて北門を守り護らせている。細かな事務にまで必ずしも心を労するには及ばない。輔之は小臣である。それほどまでに無礼であってよいのか。追って別に処置がある」。文彦博はこれを受け取ったが、何も言わなかった。ある日、監司たちを集めて言った。「老いぼれて至らず、治めた実績もない。どうか諸君、大目に見ていただきたい」。監司たちはみな恥じて詫びた。そこで天子の書き入れを取り出して、汪輔之に示した。汪輔之は恐れおののいて逃げ帰り、管内の巡察にかこつけて逃げ出した。ほどなく罷免された。ああ、神宗が大臣を厚く遇し、小人を抑えることはこのとおりであった。聖なる君と言ってよい。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
二宮翁夜話・巻之五老中某侯(ぼうこう)の家臣、市中にて云々の横行あり、横山平太之を誹(そし)る、翁(おきな)曰(いわ)く、執政は政事(まつりごと)の出る処、国家を正(ただ)しうして、不正無からしむるの職(しょく)なるに其家僕(かぼく)其威(い)をかりて、不正を行ふ者往々あり、譬(たと)へば町奉行の奴僕(ぬぼく)等、両国浅草等に出る、予が法皮(はっぴ)を見よなどゝ罵(ののし)るに同じ、国を正しうする者、家を正しうする事能(あた)はざるが如しといへども、是家政の届(とど)かざるにあらず、勢(いきおい)の然らしむる物なり、彼(か)の河水を見よ、水の卑(ひ)きに下るの勢、政事の国家に行はれて置郵伝命(ちゆうでんめい)より速(すみやか)なるが如し、而(しか)て水流急にして、或は岩石に当り、石倉に当る処、急流変(へん)じて逆流となる物なり、夫(それ)老中の権威(けんい)は、譬へば急流の水勢防(ふせ)ぐべからざるに同じ、家僕等法を犯す者あるは、急流の当る処逆流となるが如し、是自然に然(しか)らざるを得ざる物なり、咎(とが)むる事勿(なか)れ。
-
論語・八佾篇三家者、雍を以て徹す。子曰く、『相維(かな)い辟公、天子穆穆(ぼくぼく)。何をか三家の堂に取りてか。』
-
論語・子張篇子貢曰く、君子の過ちや、日月の食の如し。過つや、人皆之を見る。更むるや、人皆之を仰ぐ。
-
戦国策・荊宣王問群臣荊の宣王、群臣に問いて曰わく、「吾聞く、北方の昭奚恤を畏るるは、果たして誠に何如ぞ。」群臣、対うる莫し。江一対えて曰わく、「虎、百獣を求めて之を食らう。狐を得たり。狐曰わく、『子敢えて我を食らう無かれ。天帝、我をして百獣に長たらしむ。今子我を食らわば、是れ天帝の命に逆らうなり。子我を以て信ならずと為さば、吾子の為に先行せん、子我が後に随いて、百獣の我を見て敢えて走らざるを観よ。』虎以て然りと為し、故に遂に之と行く。獣之を見て皆走る。虎、獣の己を畏れて走るを知らざるなり、以て狐を畏るると為すなり。今王の地方五千里、帶甲百万にして、専ら之を昭奚恤に属す。故に北方の奚恤を畏るるは、其の実王の甲兵を畏るるなり、猶お百獣の虎を畏るるがごときなり。」
-
論語・八佾篇孔子季氏を謂う、「八佾庭に舞わす。是れをも忍ぶ可くんば、孰れをか忍ぶ可からざらん。」
-
『韓非子』五蠹第四十九民は固より勢いに服す、能く義に懐くもの寡し。・・・民固より愛に驕り、威に聴くけばなり。